SonofSamlawのブログ

うひょひょ

人間のおぞましい行為に関する考察

 

序文

 

本書は暴力とかいじめなど、人間のおぞましい行為に関して、四つの視点から検討したものである。それらがおかしなこと、間違った行為である、というのではなく、「人間の自然な行為」であることを説明しようとしている。この点で、一般の方々を不愉快にする恐れもある。しかし、いままでの歴史や現状を良く見れば、このことは納得できるはずである。また、「どうしたらよいのか?」という対策より、「どうなっているのか?」という《からくり》を探ることに力点が置かれている。

人に好かれ、尊敬される者にとって社会は楽しいものになるが、人に嫌われ、いじめられる者にとって社会は地獄と成り果てる。本書は、このような問題を抱える者に対して、良い対策を生み出すための土台を与えるものであり、けして対策そのものを示すものではない。人間関係に悩んでいる者、いじめに苦しんでいる者やその家族に対して、本書は、一般的に言われているような「歯の浮くような良い子的なこと」は言わない。《からくり》を示し、未知なるものを取り除き、人間に対する宗教的な信頼や過大な期待を捨てさせ、問題に対して実際に効果のある対策を見つけるためのガイドとなるのである。人間をあまりに信頼してしまうことは危険である。このことが、特に人に好かれない者が多くの災難に見舞われ、多くの悩みを抱えなければならない原因になっているものだ。我々は、相手(人間)を野獣と同様な危険なものとして理解しなければならないのである。

繰り返しにはなるが、本書は、人間関係に悩む者、いじめ・暴力・迫害に悩む者に対して、その《からくり》を理解させることによって、よい対策を生み出すための手助けになるのである。これらの問題に関して、かなり《不道徳的》に、ピアースの「悪魔の辞典」的に検討・整理したものなのであり、その対策や事態の整理をするのに役立つ知識を提供するもので、安易な――しかも危険な――アドバイスをするようなことはしない。学校などで教えるような現実・現場を無視した「きれいごと」は一切書いてない。だから、たいていの者にとって簡単には承諾しがたい不道徳的、ショッキングな考え方や事実の解釈が登場する。そのため、一般の人たちにとっては受け入れがたいものに見えるかもしれないし、斬新・新鮮なものに見えるかもしれない。検討・整理の仕方は、「実存主義」と「構造主義」の考え方に近い。

ここで、各章の内容を説明しておく。

 

第一章 快と不快について――「快と不快」についての話である。不快というものから逃れるために、我々がいかにとんでもない行動に出るかを検討している。いじめ、殺人、放火、テロ、戦争などはこれにより説明できる。

 

第二章 我々の残忍性――この章では、我々の本能である「残忍性」について検討している。この恐ろしい我々の本能を理解しなければ、世の中に起こる人間のおぞましい行為を理解できない。人間関係に悩む者にとってこの章は必読なのであって、このことを理解すべきなのである。

 

第三章 凶悪な殺人犯の心理――凶悪な犯罪者についての話である。幼年期に不幸であった者は、やがて怪物になる可能性がある。凶悪犯罪行為の原因を検討している。

 

第四章 いじめられる者について――いじめられる者の条件を、論理的に検討することから始める。そして、一つの結論を出す。しかし、それが否定されてしまう。いじめられる者はいじめられるようになっていた、としか言えないことが結論となる。結局何もかもがわからない。これがもっとも重要な結論となる。最後にいじめの例をいくつか見てそれを解釈している。

 

序文                        一ページ

 

第一章 快と不快について              三ページ

――我々の行動は、すべて不快を中和するためものだ――

  

第一節 はじめに                    

第二節 快について                    

第三節 不快の中和                   

第四節 不快は人を動かす                 

第五節 待ち得ないこと                  

第六節 不快は各人の固有なもので誰にもコントロールできない  

第七節 怒ることについて                  

第八節 誰かを悪者にする                  

第九節 我々の不快中和のためのおぞましい行為        

第一〇節 不快を溜め込むことの恐ろしさ            

第一一節 退屈について                    

第一二節 非利己的な行為は偽装された我々の利己的行為である 

第一三節 退屈者の不快の中和例                

 

第二章 我々の残忍性               三九ページ            

 ――我々は、どうしてここまで残酷になれるのか? ――

 

第一節 残忍性と暴力

第二節 死刑について

第三節 刑罰の意味とニーチェの意見

 

第三章 凶悪な殺人犯の心理            五一ページ

――不快を社会的正当な手段で中和できなかった者の恐るべき行動について――

 

第一節 我々の中の野獣

第二節 連続殺人犯

第三節 連続殺人犯の幼年期の不幸

第四節 関連した話題

 

第四章 いじめられる者について          七六ページ  

――いじめられる者はいじめられるようになっていた、というしかない――

 

第一節 はじめに

第二節 グリムメルヘンにおけるいじめ

第三節 「生意気」について

第四節 我々をいらいらさせるもの

第五節 いじめのメカニズム

第六節 いじめられる運命にあった民族ユダヤ

第七節 いじめを科学的に解明しようとしてはいけない

第八節 家庭内暴力について

第九節 準いじめ行為

第一〇節 いじめの例とその解釈

 

参考文献                    一一七ページ

 

 

第一章 快と不快について

――我々の行動は、すべて不快を中和するためものだ――

 

第一節 はじめに

我々にとって、快・不快はどういう意味があるのだろうか。昔からこれらについては真面目に問題にされなかったし、軽くみられ、軽蔑されていた。それらを行動の理由として公表することはためらわれていた。しかし、我々の多くの行為の根底には、必ず快・不快を見つけることができることは確かなのである。この非理性的なものは、たいていの者にとってつまらないものに見えるかもしれないが、我々がとてつもなく努力するための原動力になったり、親切で善い人になりすます「演技」をさせたり、あるいは、犯罪・けんか・暴力・いじめ・戦争などに駆り立てる美しくも恐ろしい感情なのである。しかし、たとえば哲学の世界において、ソクラテスプラトンやそれ以前の人から、デカルトライプニッツスピノザ・カント・ヘーゲルハイデガーなどという王道を歩んだ人たちは、この快・不快を全く問題にしていない!

多くの人には、快・不快などによって物事を判断することを無条件に戒めてしまう習性がある。我々は、理性的に判断し行動していかなければいけないとされている。しかし、この快・不快こそが、我々を動かす最も大きな原因であり、世界のほとんどの問題はこれにより起こっているのではないだろうか? けんかも戦争も実に些細でつまらないことが原因で起こるものだ。それはたいてい当事者しかわからない固有な不快だ。しかし、それだけ大事になるということは、その些細と言われることは、当事者にとっては重大なことだったのではないだろうか。他人が見ると些細ないことでも、当事者にとっては重大なことなのである。我々の心が感じることは、立場の違う他人が憶測できることではないのである。しかし、いつでもそれらの本当の原因はまともに相手にはされないのである。現在でも多くの人は、快・不快を問題外のもの、問題にしてはいけないものと決めつけてしまっているのである。

田舎の人たちは、知らない人がいるとじろじろ見る。それは、日頃のつまらなく、苦しい我慢ばかりの生活による不快からくるものだ。この行為は、彼らの不快の数少ないはけ口なのである。貧乏人は家の中にいられずたえず外にいるそうだ。それは不快をまぎらわすためだ。それに対して、めぐまれている者はあまり外に出ない。裕福な家の者は、自分の家より不快な外に出る理由はないのであり、彼らは回りのことにあまり関心がないものだ。というのは、自分が楽しむことで満ち足りているからで、それで精一杯なのであって、それだけで十分なのである。火事があっても、今楽しい者は見に行かないだろう。しかし、そうでなく、何かに飢えているような者は、火事や事件を見に行きたくなる。それで今の不快をまぎらわせようとするのだ。しかし、不快は困窮からのみ出てくるのではない。なんの不自由のない金持ちの息子でも、また別種の不快にあえいでいるものなのである。彼らは、前記のように家の中で十分に楽しくすごせる。しかし、今度はそのこと自体が自分に重くのしかかってくる。それは恐怖・危険などによる緊張感という「冒険的な快楽」がないことによる不快である。何もかもに不自由することがない、ということが今度は不快の原因になってしまうのである。不快は貧乏人・裕福な者・忙しい者・暇な者と、どのような者でも抱えているものなのだ。我々は不快という海の中にいる。不快をまぎらわすために、我々は行動に駆り立てられる。その行動は社会的に正当なものにもなるが、犯罪にもなるのである。

何かを達成した時の満足感や成功の後の喜びの中にも、よく見ると不快が忍び込んでいることにお気づきだろうか? だからそういう時、落ち着かないし、何かでそれをまぎらわせたくなる。酒を飲んだり、たばこを吸ったり、騒いだりして落ち着かない。つまり何かをせずにはいられない。これも、ある種の不快だと言えないだろうか? 素敵な者をみた時、恰好いいものを見たとき、自分の恰好いい体形に満足した時、気持ちがいいといいうよりむしろある種の不快が伴っているのを感じる。そしてその不快が次の行動に駆り立てるのである。その素敵な者や恰好いいものを手に入れたくなったり、もっと自分を恰好よくしたくなったりする。つまり、満足することができない。すぐさま、次の欲求が襲ってくるのである。そして次の行動に駆り立てられる。良くなればなるほど、うまくなればなるほど、知れば知るほど、さらにそれ以上を求めて現状に不満を感じ、より大きな不快感が訪れる。

二〇〇六年二月に開催されたトリノオリンピックで行われたスノーボードクロスという競技での女子の決勝戦で、独走状態でゴールに迫っていたアメリカの選手が、なんとゴール直前でジャンプして体をひねった際、着地に失敗して転び、はるか後ろにいた後続の選手にゴールの数メートル手前で追い抜かれてしまった。彼女はゴール手前の段差でジャンプしたとき、あまりにも大きな「喜びという名の不快」のため、「何もしないこと」ができないでつい遊んでしまった。空中で体をひねって自分の喜びを観衆に表現してしまった――実はそうではなく、顔に落ちてきた髪の毛をかき上げるのと同じで、不快を払いのけただけなのだ――のだ。それでバランスをくずし転倒してしまった。あまりも大きな不快に我慢しきれずに、それに対処しなければならなかったというわけだ。これは、どこかがかゆいときには、思わずかいてしまうのと同じだ。

不快は優秀な者ほど大きいと言える。不快は生命力や優秀さのバロメータ(指標、目安)でもあると言える。もちろん、それだけではなく、めぐまれない者(経済的、社会的、肉体的、精神的に)は常に誰よりも不快であると言える。しかし、そんなめぐまれない者の中でも、生命力あふれる者や頭の良い者、つまり優秀な者の不快はより大きなものとなるだろう。

一見理性的に見える行動も、実は非理性的なものの上にのっているものだ。理性的なものに見せかけられているが、実はその正体は非理性的なものであるのだ。我々の行動は全て生理的な欲求・情念などの非理性的なものが起源になっていると言える。しかし、我々はその行動に後から理性的な化粧を施す。しかも、それらの非理性的なものは、各自の固有な事情(その者の頭のレベル、性格、健康度、社会的事情など)に完全に依存しているので科学的に整理できるようなものではない。我々の行動の原動力のかなりの部分を占める不快という非理性的なものは、その当人にしかわからないものであり、論理的・客観的に整理できるものではない――だからこそ、こういうものを思想家たちは「内的な」と意味深く表現するのである。我々のどのような行動も、このような非理性的なものに深く根を下ろしているもので、だからこそ、我々の行動には不可解なことが多いではないか?

このような我々の非理性的な部分を、インマヌエル・カントを気にしながらも徹底的に検討したのは、一七八八年生まれのアルツール・ショーペンハウアーであった。そしてその弟子のドイツの哲学者ニーチェ(一八四四年生まれ)は、これを徹底させた。二一世紀はニーチェの世紀であるなどと言う者もいる。謎めいたこの人の著書は、いつもあらゆる種類の人たちを魅惑し続けている。ニーチェに関する優れた解説書である*清水真木ニーチェ」(講談社)によれば、世界のどこかで一週間に一冊くらいの割合でニーチェの研究書が出版されているそうである。ここで、二―チェ「道徳の系譜」(秋山英夫訳、白水社)から以上のことに関係した部分を引用してみよう。

 

*正しい人間がその加害者に対してさえ公正な態度をくずさないということ(単に冷たく、程よく、よそよそしく、無関心であるというだけにとどまらないで、あくまでも公正であるということ、なぜなら公正であるということはつねに積極的な態度であるからである)、もしそういうことが現実に見られて、個人的な中傷や嘲笑や誹謗をあびせかけられても、公正な裁き目の、高い、澄んだ、深く見抜くと同時におだやかに見つめる客観性が曇らされることがなければ、それこそこの世における完成の極致、地上最高の至芸である。――というよりか、むしろそんなことは期待しないほうが賢明なようなもの、ともかくあまり軽々しく信じてはならないようものである。普通は、いかに正しい人の場合でも、ほんの少量の攻撃、悪意、追従だけですでに、血走った彼らの目から公正を追い出すに十分であることは間違いない。

 

つまり、我々の情念が、不快が、我々、あるいは、我々の理性をも完全にコントロールしてしまうのである。不快によって、我々は善人や公正な人間になりすまし気取っている状態から簡単に引きずり降ろされてしまい、すぐにどなったり、わめきちらしたりしてしまうではないか。我々は簡単に「悪い子」なってしまうのである。我々の公正さと呼ばれるものの正体は、このように確固たる地盤をもっているようなものではなく、常に我々のいやらしいところを隠すための場当たり的で見せかけだけの薄っぺらな宙ぶらりんの飾りであるにすぎないのである。

二〇〇七年、私が本書を執筆しているときでも、私の愛車に定期的に傷をつけている者がいた。ときどき訪れては秘かに傷をつけていく。彼は私の車だけではなく、この二〇年にわたり多くの車に傷をつけているようだ。これはただ一人の者の犯行なのである。前の車にも傘で突いたような傷がボンネットにつけられていた。これは、異常者の行動ということでは片付けられないもので、結局、我々とはこのような存在なのだということである。彼は何もおかしなことをやっているわけではなく、このような行動でしか彼の不快を中和できないのである。

二〇〇七年二月のTVニュースで、たびたび問題にされた市議会の議員の政務調査費の使い方もひどいものである。飲み食いやエロ本やマンガ本の購入に使うなど、まったくいいかげんな彼らの実態が明らかにされた。しかし、これは正に我々の正体を示しているのである。我々は、誰でもこのたぐいのことをやっているものなのである。本章は、めぐまれた苦労のない優等生的な者には容認できないような、我々の不可解で不気味で実にいやらしい行動の確固たる地盤を紹介し、検討するものなのである。

 

第二節 快について

快とはどのようなものだろうか。快というもの自体があるのだろうか。実は、快とは不快が取り除かれるときの感覚なのである。快そのものはなく、不快こそが実在するものなのである。常に不快の海の中にいる我々には、どこかの不快が取り除かれるとその時、快と呼ばれる感覚が生じる。快は不快が取り除かれていく、その時間だけ感じることのできるはかないものであると言える。だから、あまり長くは続かないものだ。

おいしいものも、お腹がすいていなければおいしく感じない。そのもの自体においしさがあるのではなく、我々がある状態のとき、我々との関係においてそれはおいしいという感覚を我々に生じさせるのである。これは、お腹がすいたという不快が取り除かれていくときの感覚なのである。同じものでも、お腹がいっぱいのときには食べてもおいしくないだろう。また、こった体をマッサージしてもらうと気持ちがよいが、こりが直ってしまうとまったく気持よくなくなり、むしろ不快に感じる。こっているという不快が、マッサージを気持のよいものにしていたというわけだ。

快を感じる前には、不快というものがまずなければいけないのである。つまり、不快は快を感じるため条件であるということになる。このように快というもの自体は存在しない。実在するものは不快のみなのである。前記のように、こっているとき、マッサージをすれば気持ちがよい。しかし、こりがなくなっていくに従い気持よさが少なくなっていき、やがて不快になってしまう。どのようなよいものでも度を越すと不快になる。だから、不快から快に至る過程は不快の中和と呼ぶのがふさわしいだろう。酸性という不快に中和剤を入れていくと中和されていく。この過程こそが快感なのである。そして、完全に中和されたときに快感は終わる。さらに中和剤を入れていくと、こんどはアルカリ性という別の不快になってしまうのだ。酒でも同じで、ある量までは天国的気分を味わえるが、それ以上惰性で飲んでいくと気持ちが悪くなっていく。ここで、ショーペンハウアー「意志と表象としての世界」(西尾幹二訳、中央公論社)より、これらに関係する部分を引用してみよう。

 

*あらゆる満足、あるいはひとびとが通例幸福とよんでいるようなことは、もともと本質的にいえばいつも単に消極的なことにすぎないのであって、断じて積極的なことではあり得ない。それはもともと向うからわれわれの方におのずと近寄ってくる祝福ではなく、いつの場合もなにかの願望の満足といったことであるほかはないものである。願望、すなわち欠乏があらゆる享楽を成り立たせる先行条件である。ところが願望が満足されると、その願望も、したがってまた享楽もなくなってしまうであろう。そういうわけだから満足とか幸福とかいってみても、それはなんらかの苦痛、何らかの困窮からの解放という意味以上のものではあり得ない。

 

われわれは自分が現に所有している財産や各種の有利さのことはかくべつ気にもとめず、高く評価することもせず、それは当然なことだぐらいにしか考えていないのだが、これも今言った事情からくるのである。財産や有利さは、いつも苦しみを寄せつけないようにしてくれるという消極的な意味でのみ幸せをもたらすものにすぎないからである。財産や各種の有利さは失われたあとではじめて、われわれはそれらの値打ちを感じるようになるだろう。なぜなら欠乏、窮乏、苦悩こそが積極的なものであり、直接に訴えかけてくるものだからである。それゆえにまたうまく切り抜けてきた困窮、病気、欠乏等々のことを思い出すのはうれしいことであるが、そのわけはこれらを思い出すことが現在の所有物を享受するうえでのただ一つのよすがだといえるからである。

 

第三節 不快の中和

我々が怒るのも、かゆいところをかくのも不快を中和するためである。不快はあるところまではがまんできるが、ある限度をこえるとがまんできなくなる。これは、けして我々にはコントロールできないことだ。我々は、その不快の原因であると我々が決め付けた相手に対してどなりつける、暴力をふるう、困らせる、つまり苦悩させることにより、不快を中和しようとする。つまり、報復である。その相手によって困らせられたという不快は、相手を苦悩させることで埋め合わせる(中和する)ことができる。きわめて言いにくいことだが、後の章で述べるように、我々は他人の苦悩を見るとき第一級の快を感じるものだ。たとえば痴呆老人を収容する施設などで、入所者がおかしなことをしたとき、職員がいじわるく言ってきかせるのはどうしてか。相手は何もわからないということはわかっているはずだ。これは入所者のおかしな行動により受けた不快を、相手をどなりつけることで中和しようとしているのである。

不快は常に我々にある。後述するように、何も心配のない生活の中にも、退屈という不快がある。これもきわめて耐え難いものなのである。それは何かの行動によりまぎらわせなくてはならない。鼻くそほじり・爪かみ・セックス・マスタベーション・のぞき・万引き・酒・麻薬・たばこ・ギャンブル・仕事に燃える・けんか・戦争・いじめ・他人に優しくする・冒険など、実に多様な行動によって、我々は苦しい不快を中和しようとするのである。だるいとき、じっとしていられないことと同じだ。「何もしない」ということができない。F1ドライバーのアラン・プロストは、レース前にしばしば爪をかんでいたものだ。

我々は、騒音は悪いもので、静かなことがよいと思っている。しかし、これは間違った固定観念だ。我々は常に不快にあえいでいる。静かさは我々の不快を中和してくれないし、むしろいらいらさせる。ある種の騒音(1/fノイズなど)は心のマッサージであり、やらなければならない辛い仕事・作業、あるいは退屈による不快を中和してくれるのである。また、目に入る雑多な光景も我々の不快を中和してくれるのである。私などは、静かなところでは読書は一〇分も続けられないが、騒音や視覚的騒音の中では持続できる、という経験がある。

飲み屋や床屋で話がとまらなくなる者が多い。誰もがしゃべることに飢えているものだ。誰かに話をしたいが、他人は我々の話しなんかをよく聞いてくれない。他人は、我々が一番話したい体験談や自慢話などは、特に聞きたがらないものだ。誰もが他人のことなどに興味はなく、自分のことしか興味がないのだ。他人の功績なんかに興味をもっている者は絶対にいない。しかし誰もが、自分の苦労話・成功談・武勇伝・自慢話を誰かに聞いてもらいたいものだ。しかも、それは自分が敬意を表さずにはいられないような者、あるいは魅力的な者でなければならないのだ。自分が見下す者には、何もしゃべる気はしない。しかし、このような話を聞いてもらいたいような価値ある相手に、自分の話しを気の済むまで聞いてもらう機会はまずないだろう。

そこで、世の中にはそれを仕事としている者がいる。それは、キャバレーやナイトクラブのホステスだ。ホステスはお金をもらって、我々の前記の欲求を満たす仕事である。客にいくらでも自慢話をさせ、名誉心や虚栄心を満足させて帰すのである。客にしゃべる張り合いを感じさせるホステスには人が集まる。彼女はただ客の話にあいづちを打っているだけでも、客の不快を中和できる。彼女が前にいるだけで、客はしゃべる張り合いを感じ、次々に自分の名誉心や虚栄心を満たすための話題が出てくる。つまり、客に「自分は重要な人間なのだ」という気分を一時的に増強させてあげるのである。高いお金を払ってまでもホステスとしゃべりにくるのだから、これは麻薬とおなじだ。誰もが、いかに不快に苦しんでいるかがわかるであろう。その苦しみから逃れるために、我々は多くの金を使ってしまうのであり、また、多くのわいせつな犯罪や凶悪な犯罪にも走ってしまうのである。これだけ見ても、我々の不快というものに第一級の重要性を認めなければならないことがわかる。

前記のように床屋では、客が話し初めて止まらなくなることがある。彼は恐ろしく興奮していて、自分の名誉心や虚栄心をみたすための話題がとりとめもなく出てくる。特に、自分の判断・主義・主張にはとりわけ力が入る。彼の話は、話せば話すほどエスカレートしていく。店の人はそれをうまく聞いているが、それが仕事のじゃまになってくることもある。しかし、しゃべっている方はいっこうにおかまいなく、まるで飲み屋にでもいるような気分で狂ったようにしゃべり続ける。一度始まった話は終わりがなく、次々に話題は出てくる。話せば話すほど興奮してくる。不快はしゃべっている最中は中和されるが、それが終わるとまた襲ってくるので話をやめられなくなる。その話をきいている人はうんざりする。それでも当人は気がつかない。相手が自分の話を聞いてくれる、あるいは聞かなればならない状況の中で話すことは楽しいことである。他でこんなことは到底できないだろう。床屋は数千円でそれができるところなのである。しかし、彼はどのような者にもこのようにしゃべるのではなく、話をするに値しないと思った相手には、まったく何もしゃべらないだろう。つまり、このような行為の価値は、しゃべること自体にあるのではなく、話す相手、自分、話題の関係にあるのである。相手がつまらない者ならば、しゃべることの価値をまったく感じないのである。

二〇〇五年一〇月のニュースでは、パスコの名で知られるパン屋(敷島製パン)の職員の不正が報じられた。健康保険組合の事務長であった彼は、17人もの愛人に、なんと19億円もの会社の金を横領して貢いでいたのであった。彼女らは、彼にとってはホステスなのだ。彼は、何らかの不快を彼女らによって中和しようとしたのであった。そのために19億円を要したのだ。人間の不快はなんともやっかいなものではないか。それをいやすことは、命がけの大仕事になってしまうこともあるということだ。不快をあなどってはいけないということだ。

 

第四節 不快は人を動かす

ドイツの哲学者ショーペンハウアーは一八二〇年三月ベルリン大学の講義担当資格審査に望んだ。このときの様子を、前出のショーペンハウアー「意志と表象としての世界」の解説より引用してみよう。

 

ベルリン大学の大講堂には哲学科教授全員が、ヘーゲルを筆頭にして参集した。その席上で、こともあろうに彼は、ヘーゲルへの攻撃的意見を決然と展開したのであった。彼はカントの非常に大きな功績を回想してから、カント以降の詭弁的哲学者について遠慮なく語った。彼の態度、彼の言葉と結論にはなにか人を射るようなもの、いな軽蔑そのものが表れていたといっていい。ヘーゲルのほうも、講演を中断させて、若い敵手をへこませるような厄介な質問をもち出して、優越者の立場で彼を窮地へ追いやろうとしたといわれる。・・・一八二〇年の夏学期のごく少数の聴講者を得てショーペンハウアーの大学における初講義が行われた。しかしそれが彼の最初にして最後の講義であった。翌年、彼は題目を改め、自分の哲学体系のための講義を告示したが、聴講者は皆無であった。当時ベルリン大学ヘーゲルの人気は絶頂に達していた。ショーペンハウアーは明らかに示威的に、ヘーゲルの講義時間と同じ時間を選んで、自分の方に聴講者を引きつけようと試みたからであった。しかも十年の長きにわたりつねにヘーゲルと同じ時間に講義すると告知した。ヘーゲルの教室は満員であった。この有名人に対抗して、同じ時間帯に、ずぶの新人が、自分の打ちたてた「総合哲学」について講義しようというのである。彼が講義室へ出かけていっても、講義そのものが成り立たなかった。

 

ショーペンハウアーは、大学への就職のための講義でヘーゲルに敗れた。ヘーゲルと同じ時間に講義をして、学生を集めようとした。しかし、学生は全てヘーゲルの講義に出てしまい、一人も来なかった。そして、その後も、大学への就職はかなえられなかったそうである。彼は、ヘーゲルに敵対心をもつように運命づけられていたと言える。この敵対心は単なる個人的な敵対心ではなかったのである。彼の態度はやがて、弟子のニーチェに受け継がれ、二〇世紀の哲学の一つの起点を作ることになるのである。彼は晩年特に、ヘーゲルを言葉汚くののしった。しかし、その怒りこそが彼を奮起させ、仕事に駆り立ててくれたのである。ニーチェは前出の*二―チェ「道徳の系譜」の中で『彼は、敵を必要とした』と言っている。我々は敵と張り合うなかで、より大きな力を出すことができるのである。敵の存在とその不快感は、彼が大きな仕事をするため、健康に生きるために必要なものであったのだ。このことについてのニーチェの意見を、二―チェ「道徳の系譜」(信太正三訳、筑摩書房)から引用してみよう。

 

ショーペンハウアーが房事をば(その道具たる女、この《悪魔の道具》をも含めて)実際に個人的な敵として扱ったにもかかわらず、いつも上機嫌でいるためには敵を必要としたということ、また彼がどぎつい胆汁のような蒼黒い言葉を好んだということ、激情にかられて怒るため怒ったということ、また彼は敵もなくヘーゲルもなく女もなく官能もなく生存や存命への意志も全くなかったら、病気になりペシミストになっていたろうということ(――というのも、どれほどそうなりたいと願っていたにせよ、彼は病気でもペシミストでもなかったからだ)、である。なんなら賭けてもよいが、もしそうしたものがなかったら、ショーペンハウアーは生き永らえてはいなかったろうし、人生からおさらばしていたであろう。がしかし、彼の敵が彼をこの世に引きとめ、彼の敵が彼をくりかえし生存へと誘惑したのである。彼にとって憤怒は、古代の中にキュニコス学派の徒におけるのと全く同じように、彼の清涼剤、彼の気晴らし、彼の報酬、彼の嘔吐防止剤、彼の幸福であったのだ。

 

フーリガンと呼ばれるサッカーの試合で乱闘を起こす過激なサッカーファンがいるが、この者たちは自分の応援するチームのために戦うというのではなく、自分の不快をぶつけるための一つの手段として、サッカーを利用しているにすぎない。彼らの本当の目的はそのチームを応援することではなくして、彼らの不快を中和するために誰かと戦うことにある。戦う場を得るがために、彼らはサッカーという興奮しやすいものを選んだのであり、それは単に不快の中和のための手段にすぎない。彼らは敵を、攻撃できる相手を求めているのであり、それを得るがために偶然見つけたのがサッカーの応援なのである。これは、独特のユニホームを着て、見るからに怖そうな学生野球の応援団にも言えることだ。彼らは野球のためというのではなく、自分たちの不快に対処するため、独特の欲求を満たすための行動の場として、野球を利用しているだけなのである。

おどけたりして他人を笑わせるのも、他人にやさしく親切にするのも、他人をいじめるのも、我々のある不快を中和するためなのである。我々の全ての行動は必ず利己的なものから出てきたものだ。もし、そう見えなかった場合、それはうまく偽装されているのである。異常に他人を笑わそうとしたり、あいそが良かったり、親切だったりする者は、必ずや大きな不快を抱えて苦しんでいる者なのである。彼らの不快が、彼らをじっとさせないのである。だからこういう者は、家に帰ると人が変わったように無あいそだったり、不機嫌だったり、家族に暴力を振るったりするのである。

広辞苑」によると、中国前漢の歴史家である司馬遷は、武帝の時、父談の職を継いで太史令となり、自ら太史公と称した。李陵が匈奴に降ったのを弁護して宮刑に処せられたため発憤し、父の志をついで「史記」一三〇巻を完成した(前一四五頃~前八六頃)。宮刑とは古代中国の刑罰。男子は生殖機能を去る。彼も宮刑に処せられた、という不快を中和するために史記という著作を表さずにはいられなかったのであろう。

ロバート・K・レスラー「WHOEVER FIGHT MONSTER」、日本語訳では「FBI心理分析官」(相原真理子訳、早川書房)から、関連のあるところを引用してみよう。

 

*家庭や社会からかえりみられず、暴力的な空想にふけるようになっても、それだけではまだ実際に犯罪を犯すところまでいかない場合が多い。こうした状況にある若者は、いつ爆発するかわからない時限爆弾のようなものだ。彼らの行動をたどってみると、犯罪を犯す前に何らかのストレスがあり、それが重大な暴力行為のきっかけになっていることがわかる。

 

もし、我々に不快がなければ、何もする気にはならないだろう。我々の行動の原因の多くは不快であるのではないだろうか。不快をまぎらわせようとする行動の中から、大きな成果も凶悪な犯罪も生まれてくる。そして、常に大きな不快を抱えている者には大きな仕事ができる機会が開かれていると言えるし、凶悪な罪を犯す可能性があるとも言える。不快は人をじっとさせておかないのである。女性より男性のほうが、より大きな仕事をできる――歴史上ではそうであって、常に男性は偉人のほとんどを占めている――し、怒りやすい。家庭内での暴力も男性が多い(しかし、家庭内で夫に暴力をふるう女性も少なくないそうだ)。これは、男性の不快が女性よりはるかに大きいからではないだろうか。男性は、たばこ・酒・マスタベーションなど、不快を中和する行為を女性よりかなり多くやっている。

 

第五節 待ち得ないこと

せっかちな我々にとって、待つ、判断を繰り延べする、考えを宙ぶらりんにしておく、相手の話をよく聞くなどは大きな不快となる。だから我々は、決めつけてしまったり、わらないところは自分の想像で作り上げてしまったり、あきらめてしまったりするものだ。問題をそのままにしておき何もしないでいる、よくわかるまで待つ、他人や自然や運命に任せる、ということに耐えられないのである。バス停留所で待っているときでも、スーパーマーケットの支払いの時でも、数分でも待つことは耐え難く、いっそのこと歩きまくっているほうが楽なものだ。判断について言えば、我々はすぐに良い・悪い・正しい・間違い・大事な人・どうでもいい人、という具合に早く把握してしまいたい。ここで、ニーチェ「人間的な、あまりに人間的な」(浅井真男訳、白水社)より、この問題に関連ある部分を引用してみる。

 

*待ちうること――「待ちうる」ということは実にむずかしいことなので、最大の詩人たちも「待ち得ないこと」を作品の動機にするのを厭わなかったほどである。かくしてシェイクスピアは『オセロー』において、ソフォクレスは『アイアス』においてそれをしている。アイアスの自殺は、もし彼が一日だけ自分の感情を冷ませておいたならば、彼自身にも神託のとおりもはや不必要なことと見えたであろう。おそらく彼に傷つけられた虚栄心の凄まじい囁き(ささやき)を軽蔑して、自分に言ったであろう、「俺の立場にあれば誰だって羊を英雄だと思ったのではないか? あれは一体そんなにとんでもないことだろうか? むしろ、一般的な人間らしいことにすぎないのだ」と。アイアスはこんな風にみずから慰めることもできたであろう。情熱は待とうとしないのである。偉大な人々の生活にある悲劇的なものはしばしば、時代および人間の低劣と彼らとの間の葛藤に存するのではなく、彼らが一、二年自分の事業を延ばすことができなかったということに存するのである。彼らは待ち得ないのである。――あらゆる決闘の際に、忠告する友人は、当事者たちはもっと待ちうるかどうかという一つのことを確認しなければならぬ。待ち得ないとなれば、両当事者のいずれもが「俺が生き続けるには彼がすぐ死なねばならぬ、あるいはこの逆だ」と自分に言う以上は、決闘は合理的である。待つということはこうした場合には、傷つけられた名誉の恐るべき責苦を傷つけた相手の面前でなお受け続けることを意味する。そしてこのことはまさしく、生一般の価値以上の苦悩となりうるのである。

 

次の話は、私が小さい時に読んだものである。ある夫婦が通りすがりの者に会い、彼の不思議なてぬぐいと自分たちのもっていた馬を交換した。その手ぬぐいは三つの願いをかなえてくれるというのだ。早速、その手ぬぐいに妻は「お腹がすいた、ソーセージが食べたい」と言ってしまう。なんともつまらない願いをしてしまった。すると、ソーセージが出てきた。これで一つの願いがなくなった。すると夫は「そんなつまらないことに使ってしまって」と怒って、「そのソーセージがお前の鼻にくっついてしまえ」と言った。すると、その第二の願いはかなえられ、ソーセージは妻の鼻にくっついてしまった。妻はすぐさま「いやだわ、とってちょうだい」と言った。するとその願いはかなえられ、ソーセージは鼻からとれた。これで三つの願いは終わった。大切な三つの願いは、こんなつまらないことに使われてしまったのである。夫が二つ目の願いを止めておけば、こんなことにはならなかったのである。しかし彼の不快は、彼を利益がまったく無視された「報復行為」に駆り立てた。本番においては、感情的なものを抑えて本当に大事な利害関係を冷静に考察する理性などはどこかに引っ込んでしまい、情念が主役になるのである。彼は、妻がつまらない腹立たしい願いをしてしまったことに対する報復をする前に、少し待てばよかったのだ。しかし、それは当事者でない冷静な者が言うことであって、当事者はけしてそうはできないのである。報復を、彼はけして待つことはできなかったのである。我々の「待つ」ということに対する不快は、我々を大きな損害を被る可能性が大きい場当り的な行動に激しく駆り立てる。このことは前記のニーチェの引用文の最後で、次のように言われている。『待つということはこうした場合には、傷つけられた名誉の恐るべき責苦を傷つけた相手の面前でなお受け続けることを意味する。そしてこのことはまさしく、生一般の価値以上の苦悩となりうるのである』。くりかえすが、我々は現場ではけっして理性的ではいられない。理性的な判断は、実は現場を離れた静かなところでしかできないという非実用的なものなのである。だから、学者さんたちはたいてい理性的・優等生的でいられるのである。

 

第六節 不快は各人の固有なもので、誰にもコントロールできない

どんなけんかや戦争も些細なことから始まるものだ。その些細なものとは何であろう。それは、当事者以外の者の落ち着いた目が見た場合の見え方である。しかし、当事者にとっては大きな問題であったのだ。全てのことは、我々の生理的欲求・情念を無視すれば理性的に判断できるのかもしれない。しかし、我々は生理的欲求・情念の中にいるのであるから、理性的な判断はできないのである。当事者の心は、当事者以外の者とはまったく違うのである。

人によって不快の種類は違う。その人の性格や社会的事情により不快は違ってくる。貧乏、勉強についていけない、体調が悪い、肉体的に劣っているなど、不快の種はいろいろである。人種によっても違うであろう。国によって、その国独自の国民が共通にもつ他国とは違う不快をかかえているものだ。その不快はその事情にある者しかわからない。それらの不快を中和することはたいてい不可能に近い。話し合いなどでは解決できない。また、教育などもまったく無力であろう。いじめの問題に対して、「もっと教育に力を入れなければならない」という意見を多く聞くが、この人たちはいじめのメカニズムがまったくわかっていない。各自がもつ内的な問題は、科学的には解決できないのである。けんかも戦争もけしてなくならないだろう。これらは、我々が呼吸するのと同じくらい人間にとっては自然なことなのである。人同士のけんかがなくならないのに、国同士の戦争がなくなるわけがない。しかし、それらを話し合いや教育でなくしていけると思っているバカ者が多数いることは確かだ。

自分でコントロールできない事情やそれに伴う苦悩をかかえた個人や国などの不快・不満をなくすために、ある対策を実施したとしても、それによってある者にはよくなるが、ある者にはかえって不快・不満を増大させる結果になるものだ。つまり、全ての者を救う共通な手段はない。ある者を救えば、ある者はけ落とされることになる。だから、ある対策はさらなる不快・不満、したがって新たなる戦いを生み出してしまい、全体としての不快・不満の量は減らすことはできないものだ。

体形が悪いと悩んでいる者の不快を、教育やカウンセリングでなくすことができるであろうか。問題は、彼らが要求しているものを提供しなければ解決しない。しかし、それは不可能だ。教育とはせいぜい数学・社会・国語などを教えるくらいではないかと思う。あまりにも教育というものの内容を膨らませすぎている。我々は不快を取り除いてもらいたいだけだ。優等生的なお話はけっこうだ。各人の不快を取り除かなければ、けんかもいじめも、そして国同士の戦争もなくならない。優等生の学者に任せていても、やれ授業の内容を変えるだの、ゆとりの教育だのといったとんちんかんなことばかりやっていて、つまり自分の仕事を作ることばかりに専念してしまうだけだ。教育とさわいでいる者はめぐまれた者や「運よく」困窮から立ち直った者なのだ。立ち直ったのはただ運がよかっただけなのに、それを行動や生き方のせいにし、これを他人に押しつけるのだ。また、単なる自分の趣味嗜好を、何かに役立つものとしてしまい人に勧める。たとえば痴呆の人にモーツァルトを聞かせるとよい、と言われているみたいだが、これは何の根拠もない。ただ、モーツァルトが好きな人が、自分が気持ちいいのでそれが誰にでも適応できると思い込んでしまう。そして、それを聞いた者がそれを鵜呑みにしてまたそのことをひろげてしまう、という具合だ。また、園芸療法においても同じことが言える。網走刑務所でもやっているこの療法は、園芸の好きな者が始めただけであり、何の根拠もない。誰でも自分の好きなものしか人には勧めないだろう。自分の嫌いなものを相手に勧める者はいない。しかし、自分と相手とは事情が違うのだ。自分がそうすることによってうまくいったのは、うまくいくようになっていたからなのだ。誰でもそのようにすればうまくいくというものではない。自分はそのやり方で偶然うまくいっただけのことだ。それを誰にも当てはめようとしてはいけない。偉い学者さんや、めぐまれた者たちや、しいたげられた者の不快を知らない者は、かってなことばかり言っている。世の中は、こういうめぐまれた先生のような者しか表に出られない。だからその様な意見しか表に出てこないし、それが当たり前であるかのように見えてしまうのである。しかし、大先生の意見がナンセンスだと思っている人は、陰に隠れているが実はたくさんいるのである。

現在、世界のどこかで必ずいじめ・けんか・拷問・虐殺・戦争や恐るべき残忍な行為などが、太古と同様に秘かに、あるいはどうどうと行なわれている。また、あらゆる国において、全人口のわずかしか満足していない。残りの者たちは不快にあえいでいる。表に出てくる意見は、少数のめぐまれている者のものだ。彼らは優等生的なことばかり言っている。絶対全人類を幸福にする(不快をなくす)方法はない。一部の者を満足させるのには、大多数の者を置き去りに、または犠牲にしなければならない。いろいろな悩みを抱えている者を救えるわけがない。国家間の両立しない利害によるいらいらを、簡単な会議などで解消できるわけがない。

昔から現在、そして未来に至っても、ばかどもの教育論は続けられるだろう。全てを教育に繰り込もうとする。わけのわからないものは全て教育のせいにしてしまい、そこに投げ込んでしまう。まさに役人の仕事の仕方だ。そして現場をけして興味深く調べようとしない。いつも一度覚えた、一度確信した、一度信仰した療法のみで患者に対処しようとする。これでは患者は殺されてしまう。彼らは困っている者の不快が全然わかっていない。そして、それらがどうしようもない問題であることがわからない。だからこそ「人間はみな平等である」などというバカなことを言っている者が多いのである。彼は平等でないところをまったく見ないで、手が誰にも二本あるとか、頭が誰にも一つあるとかの最もわかりやすいところしか見ていないのである。何もかも調べもせず、自分が見ることができたもの、見たと思ったもの、見たいように想像したものだけを事実にしてしまう無邪気さには、腹が立つばかりだ。我々を根底で動かしている醜く不気味で恐ろしいものや、各人の固有なもの(肉体的にも社会的にも不公平であるということ)をまったく無視してしまっているようだ。

いろいろな人がいろいろな固有な不快を抱えている。それらはいつか破裂する可能性がある。いじめ・けんか・テロ・戦争などはある破裂なのである。その破裂を一部のめぐまれた者たちは、ただ冷静に首をかしげて見ていることしかできない。教育? とんでもない、飯が食えなくて困っている者に音楽を聴かせようというのだ。貴族の方々には貧乏人の気持ちはわからないものだ。

 

第七節 怒ることについて

相手に対して遠慮なく怒る人がいる。学校の先生でも、会社の偉い人でも、怒っているときの様子は野獣のようであり、きちがいじみている。不快が彼のこらえられる限度を超えたのだ。その逆に、いかなるときでも怒れないでこらえ続けるしかない人もいる。学校では、よく怒る先生のほうが怒らない先生より好かれる。それはまるでこしょう・わさびのように、我々の不快を中和してくれるからだ。よく怒る人は、相手を選んで――自分よりも上位の人には絶対怒らない――何も迷わず言いたいことを全て言ってしまう。そして、そのことに対して反省はほとんどしない。このような人は、社会的に成功している場合が多い。凶悪な殺人犯などは、けしてこのタイプではないだろう。

では、どうしてたやすく言いたいことを迷いなく言ってしまえるのだろうか。その一つの理由は、不快が大きいのであろう。自分の考えをもち、自分だけで方針を決められ、良い・悪いという判定が明快にできることは、それに反するものを見たときや知ったときに、大きな不快を感じるものだ。主義主張がはっきりしている者ほど、それに合わない者にたいして大きな不快を感じるものだ。それは人一倍価値意識が強いということだ。物事の価値を自分の確固たる観点から決める力が強いので、それに反するものを見たときの不快も大きくなるのだ。彼らは普通の人より不快が大きく、いつもそれと戦っている。だからこそ、それは怒ることにより中和しなければならない。また、このような人は面白い人が多いものだ。他人を笑わせようとするユーモアも、当人の不快中和手段の一つなのであり、清涼剤の役目を果たしているのである。

もう一つの理由は、その人が無神経であるということだ。しょっちゅう怒ることによって、不快はあまりたまらないうちに抜かれる。だからいつでも快活でいられる。余計なことを考えずに、まず自分の体を守ることに専念できるのである。不快を溜め込むことはきわめて危険なのであり、それは不快をちょくちょく中和する行動の危険さに比べてはるかに大きいのである。この無神経さというものは、有能な者が必ずもっている能力で、大きな成果を上げるためには必ず必要なものである。余計なことをまったく気にしないで、目的に関係あることしか気にならないという能力なのである。つまり、自分の目的のためにはどのような行為でも平気でできるという、きわめて野生的でたくましい能力なのだ。この無神経さがないと、いろいろなことが気になり、目的のことに力を集中できなくなる。何かを得るためには、何かを失わなければならない。今もっているものを失うことを恐れていたなら、何も価値あるものは得られないだろう。女性は男性に比べ無神経である。デリケートさがなく、たくましく、冷酷で、野生的だ。無神経さは一つの能力だ。いざというとき、女性はやらなければならないことだけに集中できる。男性はいろいろなことを考えてしまうものだ。余計な機能を停止させれば、それだけ必要な機能にエネルギーを多く配分できる。ある人をやめさせる、動物を殺して食べる、人を見捨てるなど、自分の欲することを遂行するためには何でもできるという無神経さは、大きな成果を上げるためや、自分や関係者を守るために必要な能力なのである。

人前である人をどなりつけて恥をかかせる、自分の方針にそむく者に対して大きな不快を感じ、迷いなく報復することができる、なんと幸せなことなのか! 不快をけして溜めない能力をもっているのだ。この様な人は、必ず不快を社会的に正当なことで中和できるのだ。けして犯罪者にならないでいられる。強い不快にも襲われることもなく、小さな不快を溜め込み、なんとなく生きていて、我慢だけして、何も成果を出せないでいる人に比べてなんと幸せなことか。彼らはただ本能に従い怒り、本能の赴くままに仕事に専念する。怒ることに対して何の迷いもない。酒によっているかのように言いたいことを言える。なんと野生的で有能な者なのだろうか。

 

第八節 誰かを悪者にする

我々は誰かを悪者にしたがる。それは我々の不快をまぎらわすために悪者が必用だからである。悪者に悪口を言うことや、制裁を加えることや、ときにはいじめることは、公認されることであるから、思う存分できるのである。警察などでは、犯人がいなければ仕事がかたづかないで困る。だから、無実の者が犯罪者にでっち上げられてしまうことが世界中で起こっている。組織などでは損害を蒙ったとき、その原因となった者を探す。そして、強引に誰かを、あるいはあるグループを悪者にしてしまうものだ。ある者のせいでこんなことになったとして、悪口をいう――これがまた快感なのである――、制裁を加えるなどするのである。これらの行為で我々の不快は一時的に中和される。悪者となるものは誰でもよい。誰でもいいから早く悪者を確定してしまいたい。何かがうまくいっていないとき、我々の不快をいやすためには、その原因をなすりつける犠牲者が必ず必要となるわけだ。我々はその原因にするのにふさわしい者を見つけたとき、今までの不快は清涼感に入れ替わる。ここで前出のニーチェ「人間的な、あまりに人間的な」より、関連した部分を引用する。

 

*不機嫌の放出――何かに失敗した人間は、その不成功の原因を偶然によりは他人の悪い意志にもっていきたがる。彼の苛立った(いらだった)感情は、一つの事柄ではなく一人の人物を自分の不成功の原因と考えることによって和げられる。なぜなら、人物ならば復讐できるが、偶然の不正はのみ込まねばならないからである。それゆえ、王侯が何かに失敗したときには、その側近は誰か個人をみせかけの原因として王侯に告げ、彼を全廷臣の利益のために犠牲にするのがつねである。さもないと、王侯もまさかの運命の女神そのものに復讐することはできないので、彼の不機嫌は廷臣すべてに向かって放出されるであろう。

 

これはいじめと同じだ。不快をいやすには誰かを苦悩させなくてはならないというわけだ。いじめられる者は不快をかきたてるような醜く、憎たらしく、さらに弱い必要があり、魅力的であってはいけない。我々は不快をいやすために、おぞましいものを求めたり、不快をかきたてる者を求めたりする。愛するものと憎むべきもの、我々には両方が必要なのである。

組織の内部においても、にらみ合い、けんか、いじめと、いろいろな戦い、攻撃が行なわれているものである。相手を攻撃する者は、その組織での成功者である。組織の中での成功者は、前記のように他の人より価値意識が強い者だ。彼らは、回りのものをなんとなく見ることはなく、常にそれらの価値の明暗を強く感じてしまう。価値の低い者や価値の低い事――これは彼の解釈であって実際にはそうでないことが多い――を見たとき、彼は強く不快を感じる。そしてその不快をいやすために、彼はその者、その事に係わった者を悪者にし、攻撃するわけである。

 

第九節 我々の不快中和のためのおぞましい行為

我々は、不快をまぎらわすために、下劣なもの、いやらしいもの、汚いもの、醜いもの、憎たらしいものを必要とすることもある。ヒトラーは自分の不快を、ユダヤ人をいじめることによりまぎらわせようとしたのだ。彼は、ユダヤ人の陰謀がドイツを滅ぼすと言って、まず、ユダヤ人を憎むべき悪者にしておいてから、彼らを思う存分に虐待することに専念し、うさばらしをしたのであった。前記のニーチェの表現を借りれば、彼が快活に生きるためには、ユダヤ人のようなものが清涼剤として必要だったのだ。まことに不道徳的ながら、弱い者、まぬけな者、不幸な者、かたわな者などを見ることで、我々はうさばらしをすることができる。*DVD「ノートルダムの背むし男」(水野晴朗監修、キープ株式会社)という映画の中では、次のような台詞がある。『人は醜いものにひるみ、そしてそれを観たい。それには悪魔の魅力がある。我々は恐怖から快楽を引き出す』。

誰もが、火事、交通事故、不幸なニュースなどに引かれ、昔なら、かたわ者の見世物や残忍な公開死刑などをいそいそと見に行ったではないか。そういうひどいものを見ることによって、うっとうしい不快から一時的に逃げることができるのである。我々は、下劣な者や他人の没落を見ることにより、自分の優越を感じるということはよく言われるのだが、それだけではなく、それ自体を清涼剤として楽しむのである。人を次々に殺して切り刻む殺人鬼も、その延長上にあることは確かだ。彼はその行為により、彼の不快を中和しようとしているのである。

その他にも、我々は誰でも不快を中和するために驚くべき行為をしている。しかし、それを公表することはあまりしない。これらはけして他人には言えないもので、秘かに実行されているものだ。それは、生物の中でもおそらく人間だけがもつ、人間が人間であるがための最も根底にある重要な要素であり、我々の中の最も不道徳的な本能である残忍性と同列である重要な本能である。しかしそれらは、誰もがそれを口にすることすらためらうようなものである。

我々は良い臭いにも快を感じるが、くさいというしかないような臭いにも、ある状態のとき快を感じることがある。普段はそのくささは不快であるのに、あるときには、それがある不快を中和する働きをもつのだ。毒は毒で制する、ということだ。誰もが自分の陰部や便の臭いなどを嗅いで快を感じたことがあるだろう。私はこのことを、幼年時代にいく人かの友達からきいたことがある。小学校二年生くらいの時、私の組の中の友人は、授業中にズボンのポケットの穴から自分の性器をいじりその手の臭いを嗅いだり、それを他人のノートになすりつけたりしていた。それで、彼はある不快をまぎらわしているのだろう。また、私が一八才くらいのとき、ある人から小さいときよく自分の便の臭いを嗅いで快感を得たということを聞いたことがある。

性的な欲求による不快に対しても、人間の汚くいやらしい部分によりいやされるものだ。陰部をなめたり、臭いを嗅いだりして不快をいやすのである。それはけしてよい味やよい臭いではない。しかし、我々がある状態のときには、こたえられないものとなって我々を魅了するのである。納豆は見るからにおぞましく、腐っているかのような外観と臭いをもつが、食べ慣れていればたいそうおいしいものだ。これは日本人にとっては食欲という不快を中和してくれる大事なものなのである。

しかし、このような行為は、秘かに行われなければいけないもので、けして他人に見られたり、知られたりしたらまずいものなのだ。それは、全て不道徳的なものであり、社会的に禁止されているものなのである。性交はその中の代表的なものだが、常に秘かにやらなければならないもので、人間にとって必用なものであるのにもかかわらず、その乱用は、いつの時代にも不道徳なものに見られている。*アーサー・ブロック「マーフィーの法則」(倉骨彰訳、アスキー出版)には次のようにある。『この世の良いものは、法律で禁じられているか、不道徳であるか、食べて太る』。

ある夏のオリンピックの女子マラソンで、先頭集団にいたある選手が、給水の後にそれを吐いて棄権してしまった。私はその選手が吐いた映像を見て、言いがたいことであり、まことに不道徳ながらエロティックなものを感じ、妙に興奮したのを覚えている。これは私が変質者であるということではなく、生物の中で人間だけがもつと思われるエロティックな感情なのである。

エロティックな感情と行為――サディズムマゾヒズムも含めて――は、我々のある不快を中和するシステムなのである。それが生殖のためであろうと何であろうと、我々はそんな目的を考えて行動しているのではなく、ただある衝動に押されて半ば無意識的に行動してしまうのである。フランスのバタイユは、彼の著書*「エロティシズム」(酒井健訳、筑摩書房)の中で、『エロティシズムとは、禁止を侵犯することである』と言っている。つまり、禁止されていることを侵犯することにより、何か(エロティックな欲求による不快の中和)が得られるのである。我々の体――精神ではなく! ――が求めてやまないものは、その多くが社会的に禁止されていると言える。それはいつも我々を最も強力にコントロールしているのであり、それに対処するための行為はたいてい不道徳とされているので秘かにやられるのである。しかし、これらの行為への欲求は、我々の最も根底にあるもので、けして抑えることができないものであり、まして教育などで取り除くことはできないものなのだ。それは、わいせつな事件がけして絶えることがないことからもわかる。わいせつな事件は太古から現代まで変わらない量で――きわめて多量と言えるだろう――続いているではないか!

 

第一〇節 不快を溜め込むことの恐ろしさ

一九八九年二月一四日、イランの最高指導者であったシーア派(既存の支配勢力に批判的、その反対がスンニ派)で原理主義イスラムの規範からはずれているものを排除・抹殺しようとする――それは、イスラム世界の衰退をイスラムの教えに立ち戻ることにより阻止しようとする「イスラム主義」の行き詰まりより生まれた。つまり、イスラムからはみ出たものを元に戻そうとするのではなく、切り取ってしまう、つまり暗殺してしまうのである)のアーヤトッラ・ホメイニという人が、イギリスの作家サルマン・ルシュディ(当時はインド系イギリス国籍)の書いた「悪魔の詩」という本の中に、イスラムを冒涜する部分があるということで怒り、彼と発行・翻訳に関わった者たちに死刑宣告をした。イギリス警察は彼を保護した。イランの財団は、暗殺の実行者に懸賞金(数億円)を払うことを提示した。日本では、この本を翻訳した筑波大学助教授が一九九一年七月一一日に、大学構内で首を切られて殺されてしまった。他国でも翻訳者や関係者が殺されたり、重症を負わされたりした。

このように、ムスリムイスラム教徒のこと)は過激な行動をする。ムスリムは東南アジアにも多くいて、彼らも中東の人たちと同じく、イスラムへの冒涜に対して過激な行動を示す。だから、この怒りの大きさと過激さはムスリムの特徴であり、人種の問題ではないと言える。

*二〇〇六年二月九日の読売新聞で、次のようなニュースが報じられた。デンマークのラスムセン首相が「世界的危機」と表現するほどの事態になってしまったのである。発端は、デンマーク保守系有力紙で発行部数約一五万の「ユランズ・ポステン」が、昨年九月三〇日付けの週末文化面で、ムハンマドの風刺漫画一二枚を掲載したことだった。漫画に添えられた「表現の自由」と題した同誌文化部長の著名記事は、ムハンマドの生涯に関する絵本を作る際に、実名で絵を描く画家が見つからなかったことが企画のきっかけだと説明。芸術関係者の間で、イスラムに関する「自己検閲」が働いていることに疑問を呈した(著者注:つまり、彼はイスラムへの批判や嘲笑に対して、多くの者に自己検閲が働いていることに対して不快を感じた。そして、そのいらいらをまぎらわすために、冒険をしてしまったわけである。また、彼は平和であり、それに退屈していたのであった。そこで、冒険をやってみたくなったのである)。同誌はこうした問題意識をもって、デンマークの四〇人の風刺漫画家に、「ムハンマドをどう見るか」を描くように依頼し、うち一二人が応じた。絵の中には、ターバンの中に爆弾を入れた姿もあった。直後から中東諸国が、風刺漫画を「イスラムに対する誹謗」と抗議。今年(二〇〇六年)に入り、欧州各国の新聞が漫画を転載したことからイスラム教徒による抗議行動が始まった。「表現の自由」という価値観も問い直されている。イスラム諸国のボイコットで、乳製品のメーカーのアルラー社だけで、すでに八〇〇〇~九〇〇〇万ドル規模の損害が発生した。レバノンではデンマーク領事館放火、シリアではデンマークノルウェー大使館放火、駐デンマーク大使召還、イランでは駐デンマーク大使召還、オーストリア大使館前で抗議デモ、デンマークとの通商禁止発表、リビアでは駐デンマーク大使召還、パレスチナ自治区では武装グループがドイツ人男性を一時拘束、欧州連合事務所に侵入、謝罪要求、アフガニスタンでは米軍駐留基地付近でデモ、一〇人射殺、バングラデッシュではイタリア大使館に向かう抗議デモを警察が阻止、タイではデンマーク国旗を燃やして抗議、ヨルダンでは漫画転載の週刊誌を回収、編集局長解任、ソマリアでは抗議デモが暴徒化、少年射殺、サウジアラビアでは駐デンマーク大使召還、イエメンでは漫画を転載した週刊誌を発禁処分、編集局長に逮捕状、フィリピンではデンマーク国旗を燃やして抗議、インドネシアではデンマーク大使館入居ビルまえで講義デモ、デンマーク領事館に突入図り、警官三人負傷。朝日新聞によると、この一二人の漫画家は脅迫を受け、生命の危険を感じており、二四時間体制で護衛されているそうだ。また、東南アジアのイスラム教徒の多い国では、デンマーク人に対して退去するように勧告しているそうである。      

あの恐るべき九.一一同時多発テロを指揮したとされるオサマ・ビン・ラディンの怒りは大きく、世界はそれを思い知った。彼は裕福な家の生まれだそうだから、貧困のみがこのような行動の条件ではないと言える。この原因はイスラムにあると思う。信仰心の厚い彼らは、日頃は貞淑である。しかし自分たち、とりわけイスラムが冒涜されたと判断したとき、その怒りは特別大きい。凶悪な犯罪者が、日頃は静かで良い人に見える場合が多いのと同じである。彼らはいつも外観的には貞淑にしている。しかしこの宗教は、彼らの「心の中の怪物」までは手なずけられなかったのだ。我々人間のうさばらしの多く(酒も豚肉も)が悪徳として禁止され、しかも熱心に信仰しているのに一向に報われず貧しい者が多いムスリム(二〇世紀、二一世紀において、そしてたぶん永遠に?)、欧米やアジア諸国にもどんどん差をつけられてしまっていらいらしている彼らには、不幸な人生を強いられた結果凶悪な犯罪者と成り果てるしかなかった者と同じに、必ずや不快が溜まりそのはけぐちを求めているのだ。恵まれた者は、不快が多く溜まっていないので、悪口を言われても大きな怒りに襲われることはないはずだ。不快は中和しない限り溜まっていく。だから、彼らはいつも貞淑でありながらむかむかしているのである。しかし、ひたすら抑えている。

こうした彼らにとって、前記のショーペンハウアーの引用文と同じで、「敵を憎む、敵を攻撃する、敵を苦悩させる」ことは、数少ない貴重なうさばらし(別名快楽)の機会となるのであって、そのとき、いつもこらえていた憤懣をここぞとばかりに爆発させるのである(後述のように、ムスリムはサッカーの試合などの観戦でも過激だ)。彼らは、イスラムが冒涜されたから怒るのではない、その前から怒っているのである。だから敵としてよいものが現れ、それに対する報復がイスラムによって公認されたとき、彼らは怒るよりむしろ喜びに近い感情に襲われる。彼らは、それらを不快の中和手段としてうまく利用するのである。その敵を憎むことによる清涼感をまず味わえる。その敵を攻撃する大義名分ができたとき、攻撃的行為がイスラムの指導者によって承認されたとき(たとえばジハードとして)、溜まりに溜まった彼らの不快を激しく破裂させることができるのである。彼らの怒りをぶつけてもよいと公認された敵に対して、互いに呼びかけあい、報復を誓い――これは実に気持ちがいいものなのだ――、執念深く狂ったように攻撃を仕掛けるのだ。これは、彼らにとってめったにない、彼らを日頃は抑圧している宗教によって公認された気持の良いうさばらしの機会、言わばフェスティバルとなるのである。イスラムというきわめて厳しい戒律をもつ宗教で抑圧された彼らには、このような機会でもないかぎり思いっきりうさばらしをすることなどできないのだ。だから彼らは執拗に相手をののしり、執念深く攻撃するのであり、これは生理的に見てまったく正常な行為なのであり、決して異常でわけのわからない行為ではない。彼らは、イスラムの指導者によって残虐行為(聖戦、ジハード)が承認されることによって、普段は厳しく禁じられているが本能は欲している残忍な行動を、のどが渇いた者が水を飲むように、たまった不快を中和するためにたやすく実行してしまうのである。しかしここで、同じような厳しい宗教の戒律(律法)で縛られていて、二〇〇〇年以上迫害され続けたユダヤ人が、このようなテロ活動をすることが少ないということが、疑問になるのであるが。

イスラム世界では、ムスリムに日頃はあらゆるうさばらし的な行為を抑制させているが、たまに敵を見つけ出し、あるいは作り出し攻撃させることで、彼らに溜まった不快を一時的に中和させるのである。これは、前記のショーペンハウアーの引用文にあるように、昔、ローマ帝国において、市民を退屈させて危険な状態にしないようにするために、残酷な見せ物を催したのと同じだ。彼らは、貞淑に生きる中で溜まる不快に対処するために、暴力を振るう機会をイスラムの名の下に生み出さねばならなかったのである。

テロ、正確に言うとテロルとは何であろうか。広辞苑には「政治目的のために、暴力あるいはその脅威に訴える傾向」とある。また、LONGMAN英英辞典には「政治的な要求を得るために爆弾、射撃、誘拐といったような暴力を使うこと」とある。しかし、その本質はそうではないのだ。二〇〇五年現在、ロンドンの地下鉄での自爆テロイラクアフガニスタンにおいて、イスラエルパレスチナ紛争において、テロは盛んに行われている。これらが本当に政治的な目的なのだろうか。自分たちの国がうまくいっていないことに対する不快、相手国に比較して自国が貧しいことへの不快、相手国が自国へ害を及ぼしているという推測による不快というのではなく、単に「自分自身の不快」をまぎらわせたいだけなのではないだろうか。自分たちの不快の原因とはまったく関係のない者への暴力は、政治的と言えるだろうか。これは家族への暴力と同じで、ただ自分の個人的なうさをはらしているだけではないだろうか。適当に選ばれた者に、適当な理由をつけてうさをはらしているだけだ。それはやればやるほど――連続殺人や家庭内暴力のように――エスカレートしていくのだ。酒もタバコも麻薬も一度手を付けるとやめられなくなる。不快は一時的にしか中和できないのである。テロは、ただ自分の個人的な不快をまぎらわせようとしているだけなのに、もっともらしい政治的な理由をとってつけて恰好よくみせているのである。攻撃される者は、彼らの不快とは何の関係もないばかりでなく、自分と同じ側にいる者だったりする。誰でもいいのだ、やりやすい者と場所が選ばれ攻撃される。気の弱い者が敵ではなく、家族に攻撃するのとまったく同じだ。それは自分でもいいと言ってもいい。誰にも復讐できない場合、怒り狂っている者は自分に襲いかかることもあるのだ。これらに関連した、二〇〇六年六月二二日の朝日新聞における松本仁一氏の記事を次に引用してみる。

 

*外国人を拉致してはビデオカメラの前で殺害する――。イラクでテロ活動を続けてきた「イラクアルカイダ機構」のアブムサブ・ザルカウィ容疑者が七日、米軍の爆撃で殺された。米軍は指紋や入れ墨などから本人と確認したと発表、組織の側も死亡を認めた。二〇〇四年五月以来、日本人旅行者香田証生さん殺害にも関与するなど多くのテロ事件を指揮してきた男は、最後には仲間に密告されたと伝えられる。ザルカウィ容疑者の異様さは、組織の指揮者である彼自身が刃物を握り、犠牲者ののどをかき切っていたことである。その場面はビデオで撮影され、メディアに送りつけられた。知人の心理学者は「人を殺すことで快楽を得る、典型的な異常性格者」と見る。平常の社会では存在できないような犯罪者が、単なる殺人行為に大義名分をくっつけ、二年にわたって多くの人を殺してきたのである。かつて「カルロス」と呼ばれる国際テロリストがいた。本名イリッチ・ラミレス・サンチェス。ベネズエラ生まれだが七〇年代にパレスチナ解放組織に加わり、ドイツ赤軍日本赤軍とともに多くのテロ事件にかかわった。一九九四年、潜伏中のスーダンで捕まるまで、八三人を殺したとされる。・・・彼を取材した作家フレデリック・フォーサイス氏は、彼の革命は隠れみので、「無力な人間を襲って殺人行為を楽しんだ異常性格者」と評している。ザルカウィ容疑者と同じではないか。異常性格の殺人嗜好者が政治的なイデオロギーに隠れて人を殺しつづけ、一部の人々から英雄として喝采を浴びるのである。

 

この記事は、テロは殺人嗜好というある種の欲求不満者たちの不快中和手段にすぎなかった、ということ明快に言っているのである。*前出のニーチェ道徳の系譜」(秋山訳)には『相手を苦悩させることは第一級の快楽である』とある。彼らは、人を苦しめることにより快活さを得ていたわけである。後述するように、テロに限らず人間のあらゆる行動は,全て利己的なものから出てくるものなのである。

サッカーのワールドカップの予選だと思ったが、イランでイラン対北朝鮮の試合が行われたときのことだ。イランの観客は北朝鮮の選手に石、食い物を投げつけている。投げるものがなくなると、床のコンクリートを砕いて投げつける。さらには、爆発物まで投げつけたそうだ。

このようにムスリムは特別過激な行動をする傾向がある。ムスリムが過激に変身していくのは、前記のようにイスラムの戒律が厳しいからではないだろうか。静かでおとなしい人ほど怒ったときは激しいものだ。彼らは、不快の中和手段の多くをイスラムによって禁止されている。そのため不快の量は、ムスリム以外の者と比べてはるかに大きくなる。それが何かのきっかけで破裂してしまうのである。後述するが、社会的に成功している者が驚くほどわいせつなことをやってしまって捕まるのも、日頃、何かを抑圧していることからきているのだ。社会的にうまくいっているので、彼らは良い子でいなければならない。だから常に周囲に気を使い、「恥ずかしい生理的欲求」を抑圧していなければならないのである。それが溜まりに溜まって、いつか破裂するわけである。

イスラムは信者を幸福にするというならば、二〇〇五年現在、これを信仰する民族の間でどうして激しく争いが起こっているのだろうか。彼らはそれを欧米のせいにしている。しかしこれは、前記のように、不快があると誰か他の者を悪者にしたくなる、という我々の性質からくるものだ。どうしてそれだけ多くの人(イスラムは二〇〇五年現在一〇億人以上の信者がいるそうだ)が信仰する確固たる宗教が、信者を幸福にできないのだろうか。自分たちの軽蔑するキリスト教の者どもより貧しくなくてはいけないのだろうか。彼らを不幸にしているのは、実はイスラムという宗教自体なのではないだろうか。彼らが敬愛するアッラーは、信者があれだけ信仰に身をささげているのに、どうして全員を幸福にしてやらないのだろうか。どうして多くのテロリストを生み出さなければならないのだろうか。ムスリムは、どうしてイスラム自体を疑わないのだろうか。これは、多くの宗教に言えることである。人を救うどころか、宗教は人殺し(カトリックプロテスタント教会での異端審問、魔女狩り宗教戦争)、戦争、テロの原因にもなっている始末だ。確かに宗教は、我々の凶暴で危険な本能を抑えつけ、平和な世界を実現する良い手段ではある。しかし、抑えられたものはけしてなくならない。抑えつけられて溜まった欲求不満は、いつかは破裂するのである。いつかは良くなる、と宗教は言う――ではいつまで待てばいいのか、信者にはけっして到達できない彼方をいつも問題にして、信者をはぐらかしているように見えるのである。

 

第一一節 退屈について

前出のショーペンハウアー「意志と表象としての世界」より引用してみよう。

 

*人間の人生は、だからまるで振り子のように、苦悩と退屈の間を往ったり来たりして揺れている。じつをいえば苦悩退屈の双方は、この人生を究極的に構成している二つの部分である。きわめて奇妙な話であるが、今まで述べてきたことというのは、もしも人間がありとあらゆる苦悩や苦悶(くもん)を地獄に追い払ってしまったら、その後で天国のために残っているものは退屈だけしかないという事実によってきっぱり言い表せるに違いない。・・・ところがまたもや他面において、困窮や苦悩からのしばしの休息が人間に恵まれるようなことが起こると、こんどはたちまち退屈がまじかに迫ってきて、人間はいやでもおうでも暇つぶしを必要とするようになってくるということである。いっさいの生あるものを駆り立てて動かし続けているものは、生存への努力であろう。ところがいったん生存が確保されてしまうと、彼らはこの先どうしたらよいのかがわからなくなってしまうのだ。そのため彼らを動かす第二のものは、今度は生存の重荷から逃れだして、それをもう感じないようにしようという新しい努力となるのであり、「時間をつぶす」こと、すなわち退屈から逃れようとする努力となるのである。

つまり我々にいまわかってきているのは次のようなことだ。困窮も心労もなく安全に守られているほとんど全ての人々は、いっさいの余計な重荷を払いのけるに至ったかと思っていると、こんどはたちまち自分自身が重荷として感じられてくるということである。それで、これまで彼らは人生をできるだけ長く維持しようと全力を傾けてきたはずだというのに、こんどはほかならぬその人生をけずり取るようなことを、そのつど、すなわち浪費的に過ごしてきた一時間一時間を、儲けものだと思うようになってくるのである。

ところで退屈というのは、みくびってもかまわないような害悪ではまったくないのであって、退屈がつづいていくとしまいには容貌にまでも正真正銘の絶望の面影がきざしはじめるようになるであろう。お互いにほとんど愛し合ってもいない人間のような存在が、それなのにあれほど熱心にお互いに相手を求め合っているというのも退屈のせいなのであり、そこで退屈こそが社交の源泉だというようなことにもなってくるのである。だからまた退屈をふせぐためには、どこの国でもほかの一般的災難を防ぐのと同じように公の防止策が講じられているのであって、これは国策からおこなわれることでもあるのである。というのも、この退屈という害悪は、その反対の極である飢饉(ききん)と同じように人間をはなはだしい無法状態へと駆り立てかねないものだからである。民衆というものは「パンとサーカス」を必要とするのである。

 

このように、我々には安住の地がないものなのである。前記の中の『この退屈という害悪は、その反対の極である飢饉(ききん)と同じように人間をはなはだしい無法状態へと駆り立てかねないものだからである』という見方で二〇〇六年現在を見てみると興味深い。平和な状態では、かえって誰もがいらいらしていて、犯罪も多くなっていくのである。お金に困っているとき、家族の誰もが緊張し退屈という不快は襲ってこない。団結して問題を切り抜けようとしているときの気分は、「快感」と言ってもよいほどだ。しかし裕福になると、たちまちこの「快感」はなくなり、退屈が家族をけんか・暴力に駆り立てていくものだ。我々は驚いたり、不安だったり、恐ろしかったり、緊張していたりしていないとすぐに退屈になってしまう。また良いことでも、長く続くと退屈になってしまう。つねに、変化を求めているもので、冒険への欲求もこの本能に対処しているにすぎないのだ。

会社でも客が来なくて困っているときには、従業員は危機感で緊張し、一生懸命働き、客を呼ぶためのアイデアを考えるものだ。この状態は、彼らにとって苦悩であるが快感もそこにはあるのである。緊張感が我々をけして退屈させないようにしてくれるからだ。しかし会社が順調になり、客に不自由しなくなるとさっそく退屈が襲ってくる。いままでありがたいと思っていた客がうるさく感じられ、態度も悪くなり、仕事もいいかげんになってくるものだ。誰もが仕事におもしろさを感じなくなり、だるく感じるようになり、やる気もなくなってくる。二〇〇三年頃に騒がれた、三菱関連の自動車メーカーの欠陥隠しは、このようなよい例なのである。その後、これらのメーカーは販売不振になり、従業員はこれをばんかいするために奮闘していくが、この気分は苦悩と快感が入り交ざっているものだ。我々は、危険なものや苦悩にさえも魅惑されることがある。それは、それらが我々の「退屈」という不快を一時的にも中和できる特効薬だからだ。サディズムマゾヒズムはこれらの延長上にあるもので、けして不可解なものではない。それらは、相手を苦悩させることや、自分が苦悩することを欲している。いじめは相手を苦悩させることにより快楽することであるから、サディズムの家族であり、冒険は自分の余剰エネルギーを消費する(不快を中和する)ために自分を困難にさらし、苦悩させることであるから、マゾヒズムの家族である。我々には誰にも、その強度は人により差があるが、これらの本能があるものである。

我々は忙しいのも苦しいが、暇も苦しい。「治に居ては乱を欲し、乱に居ては治を欲す」という格言がある。平和は退屈、戦争はごめんということで安定点がない。政治家が不正をして見つかり議員を辞職するという事件は多い。なぜ彼らはそのようなことをやってしまったのか。それは、彼らがそのときそれをやらなければならない状態にあったからで、やったというのではなく、やらされてしまった、というのが正確な表現だろう。その状態の苦しさからくる衝動が、彼らにそれをさせたのだ。彼らがその職(議員)を得ようとしているとき、彼らにとって誠実な行動は実に自然で快適なものだった。しかし、議員になってしまうと、誠実な行動を《見せびらかす》必要がなくなってしまう。選挙運動しているときには、多くの人に票を入れてもらわなければ落選するという恐怖感によって、誠実な態度と行動という「演技」をすることが、実に楽にできたのであった。しかし、議員になってしまうとその気分はなくなり、今度は退屈が襲ってくるのである。そして、新たなる「うさばらし」を彼の本能が求め始めてしまうのだ。そしてついに遊んでしまうのである。それは、わいせつなことであったり、わいろのたぐいであったりもする。行動・考え方はめちゃくちゃでいいかげんとなる。不正は一つの暇つぶし、不快の中和手段でもあったのだ。そしてそれがばれるとと、今度は後悔が始まるのだ。そしてまた、あの誠実だった頃の気分に戻るのである。オリンピックで優勝した選手が、その後やる気がなくなり、だめになってしまうことが多いのもこれと同じである。人生はこの繰り返しなのである。我々は退屈であるとその苦しさのあまり、何らかの行動をしなければいられなくなる。退屈は、我々を実に不可解で驚くべき行動に駆り立てるのだ。やっと危険から逃れたと思うと、すぐに別な種類の危険が待ち受けているのである。退屈に対処する行動というものは、ものが食べたい、どこかがかゆい、呼吸が苦しいなどのときと同じで、どうにも我慢できなくなってやってしまうという種類のものであって、理性的なものが介入できるようなものではない。まるで、くすぐられているかのようにもがき苦しみ、また後ろから来る火の手に追われて、ついに高層建築の窓から飛び降りてしまう者のような衝動的な行動しかできなくなり、ほとんど考えず、まるで何者かに操られているかのように行動してしまう。我々は、これらの行動をやっているというよりは、むしろやらされていると言ったほうがふさわしい。

会社などにおいて口数が多い人がいる。これは、その者が退屈で苦しんでいることが現れているのである。退屈という不快を、しゃべるということで中和しようとしているのだ。その逆に、忙しい人はあまりしゃべらないものだ。これは忙しくてしゃべる余裕がないというのではなくして、忙しさのために、性的なものをはじめとするあらゆる不快が中和されているのであり、むしろ緊張感という快感に酔いしれているのである。また、自分で会社を興した頃には、いっしょうけんめい誠実にやっていた者が、全てがうまくいき、部下を指揮するだけの立場になると、退屈によるいやな不快が襲ってくるものだ。だからこそ今度は、部下をいじめ始めるのである。彼が会社を興した頃には、こんな不快はなかった。こんな不快にあえぐ会社の社長や役員が、業績の悪い店の店長を大勢の前でいじめる、という例は多い。余裕のでてきた彼らは、忙しく必死の者に比べてはるかに大きい不快にあえいでいるのである。さらにこのような成功者は、退屈しのぎのために不正をやりだすのである。これは金儲けのためというよりは、不快を中和するための本能的な行動、つまり冒険という意味があるのだ。忙しさによる不快に比べて、暇・退屈による不快は、はるかに性質が悪いもので、前記のショーペンハウアーの引用文にあるように、貧困・困窮と同じくらいに犯罪をも生み出す温床になっているのである。

二〇〇六年には、小学校などでいじめによって自殺したという事件が多く報道された。これは教師や学生がいかにいらいらしているかが現れている。この原因は、受験のストレスなどいろいろあるだろうけれど、退屈がかなりの部分を占めていることは確かである。

 

第一二節 非利己的な行為は、偽装された我々の利己的行為である

我々はいつも何かに飢え不快にあえいでいる。希望や喜びでさえも不快の別な顔だ。そして、待ち得ない我々は、これらの不快をはやく中和しようと思っている。生命力や能力のある者ほどこの不快は大きいものだ。だから、健康な者や若い者はせっかち、つまり待つことに大きな不快を感じる。良い行為も悪い行為も、全てはこの不快の中和のために行われると言ってよいだろう。たとえば名誉心や虚栄心、つまり、自分が優れていたいという欲求は一つの不快であり、これらの不快の中和のために、我々は実にいろいろな方法を生み出しているのである。

たとえばあらゆる非利己的に見える行為の中に、利己的な要素を見つけてみるとおもしろい。世の中に純粋に非利己的な行為はない、ということだ。どのような自己犠牲的行為・親切な行為・無欲の行為・献身的な行為・優しい行為の中にも、利己的な動機をたやすく見つけることができるのである。たとえば私は車の運転中に、交差点でよく右折者に道を譲る。このときの私の心理について調べてみると、これは、私の優越への渇望(ニーチェに言わせれば、「力への意志」)という不快感のために起こす行動なのである。その場を取り仕切ったり、相手をリードしたりすることによって、私はわずかではあるが満足感(優越感)を得ることができるのであり、それを得たいがために、私はこのようなめんどくさいことをやらずにはいられなくなるのである。親切にするという行為は、「物が食べたい」などの欲求と同種の「優越したい」という欲求により、自分がそうしなくてはいられなくなったわけであって、けして相手のためにやったわけではないのであり、相手はただ利用されたにすぎない。非利己的な行為の正体は、我々の「より高度な不快中和手段」であると言える。優越感を得るために、遠回しでわかりにくい方法で行なうことにより偽装して、高貴で気高いものに見せかけるのである。

どんな人間の非利己的な行為の中にも、我々の名誉心や虚栄心がもぐり込んでいるものだ。自己犠牲的な行為の中に、我々は自分の好みに合う甘い蜜(優越感)を見つけ出し、それを味わっているのだ。世の中に報酬なしの行為はないものだ。他人のために自分の利益を無視したように見える行為もよく見ると、我々の名誉心や虚栄心を満足させるための策略があることがわかる。我々はけして損することなく、ちゃんと自分の利益を得られるような策略を立てているのである。どのような自己犠牲的行為の中にも、必ずある策略があり、我々は見返りとして「優越感」という報酬を受け取るのである。それらの行為は、意識的にも無意識的にも、我々の優越することへの渇望、という不快を中和することを唯一の目的としているのである。我々にとっては、優越感は重要なものであって、それを得るがために我々は、実に驚くべき量の手間やお金をかけたり、危険なことをやったりするものなのである。野村ひろし「グリム童話」(筑摩書房)には次のようなオーストリアの「精神分析学」の創始者フロイトの言葉が紹介されている。

 

*幸福な人間は決して空想しない。空想するのは不幸な人間だけである。みたされなかった願望こそ空想を生みだす原動力であって、空想というものはどれもこれも、願望充足であり、人を満足させてくれない現実の修正を意味しているのである。人を空想へと駆りたてる願望は、その性別、性格、生活事情によってそれぞれ異なるが、しかし、たやすく二つの主なグループに分類することができる。すなわちそれは、人格高揚に奉仕する名誉心的願望か、性的な願望かである。

 

この名誉心的願望か性的な願望のために、我々は空想に駆り立てられるのである。

恐れながら勇気をもって言うのであるが、ユーゴスラヴィア生まれの聖女マザー=テレサカルカッタテレサ、一九一〇年生まれ)の聖なる大規模な活動においても、同じことが言えるのである。テレサの活動があれだけ大きな規模になったのも、彼女の不快が並外れて大きなものであったということだ。彼女は、あの献身的な活動の中から、何か利己的なものを、たぶん無意識のうちに得ようとしていたことは確かなのである。

 

第一三節 退屈者の不快の中和例

ニュースでは、たびたびわいせつな事件が報じられる。特に、大学教授・高校教諭・警察官・医者・議員・公務員などの安定している職業の例が多い。安定していることによる退屈という不快を、仕事や趣味などの社会的に正当な方向で中和しきれない凡人は、性的なものや悪事の方向に進むしかなくなる。二〇〇五年頃に報じられたこれら社会的にめぐまれた凡人のしでかした事件は、大学教授による手鏡によるスカート内ののぞき、高校教諭による女子高生の下着の剥ぎ取り、デジカメによるスカートの中の撮影、社会保険庁の職員による女性下着の窃盗、国会議員による女性のバストさわりなどである。特に、前記の大学教授はよくTVにでてくる有名な人であったため、誰もが驚いた。家宅捜索により、二〇本のわいせつなビデオテープが発見されてしまった。ビデオテープを楽しむくらいにしておけばよかったのだ。しかしこれらの欲望は、酒・タバコ・麻薬におけるのと同じように、やるほどに量が増えていくのだ。ついに彼は、増大する欲望に無意識的に押し出されてしまったのだ。女性の下着の洗濯物でも、ただ見ているだけでは何も起こらない。しかし、盗んだりすればりっぱな犯罪となる。一歩手前で踏みとどまっているのと、それを少しでも踏み出してしまうのでは、天と地ほどの違いになってしまう。

前記の大学教授は、いままでエリートコースを歩んできたのだろう。たぶん、苦労をあまりしなかった彼は、この一線を越えることがどういうことになるか、という問題の重要度は上位にはなかったのだ。退屈による不快の中和への願望が、理性的な判断に勝ってしまった。すべてが順調だった彼は、それがためにかえって退屈していた。もし、仕事がうまくいっていなかったり、家族が病気だったりしていれば、彼はこのようなことをする気にはまったくならなかったであろう。たとえば家族を殺された者は、自分の娯楽への欲求や、まして性的な欲求などは消えうせてしまうのである。これは、このような経験のある者しかわからないだろう。心配事が退屈を許さないからであり、もっと正確に言えば、心配事――これは冒険とまったく等価である――がある種の不快を中和してくれるのである!

教授になる前の彼は、不安で忙しく退屈するどころではなかったろう。この状態は良い状態である。加速状態にある体は退屈感が少なく、むしろ快感といってもいい状態なのである。緊張と忙しさは、我々の最もやっかいで耐え難い退屈という不快から我々を遠ざけてくれる。しかし教授になり、TVにも出演するようになって、安定な生活が手に入ると、たちまち退屈という不快に襲われるようになった。こういう時、我々に最も早く忍び寄ってきて、強力に誘惑するものは性的な欲望だ。この不快による苦しさは、彼が今までに経験したことのないものであった。人生に余裕がでてきて、何も邪魔の入らなくなった彼は、いよいよ強くなる自分にはコントロール不可能な体の要求を抑えられなくなった。彼はやったというよりやらされたのであった。今や彼は、わいせつなことにとことん専念できるだけの精神的・社会的な余裕がある。今までにたいした挫折も経験したこともないだろう彼は怖いもの知らずで、犯罪者となる恐ろしさをまだ知らない者が気楽に万引きをやってしまう――これは万引きの一つの動機であって、裕福で退屈しているような奥様が退屈しのぎの冒険としてやってしまうものなのである――ような健康さで、わいせつというワクワクするような冒険に全力で専念できた。今まで彼を拘束していたもの――それが、かえって彼を楽にしていた――が取り払われてしまうと、もっと苦しい状態となってしまったのである。たいていの人は、彼のわいせつな行動に驚くであろうが、驚くべきものは彼の性欲のすさまじさだ。何もかもうまくいっている状態は、最も危険な状態でもあるものだ。幸福な時には、危険な誘惑にだまされやすいものだ。苦労してやっと安住を手に入れたと思うと、そのままでいることを許さないものが出てくるもので、安住の地はないということだ。

二〇〇六年一二月に、また彼は痴漢行為で捕まった。電車の中で女性の足とおしりを触ったというものだ。事務所に連れて行かれたときには、彼は家族に申し訳ないということで、ネクタイで自殺しようとしたそうだ。彼には、どうしても抑えられない衝動が襲ってくるのだ。その衝動は彼が作り出すわけではない。衝動がどこかからかってに訪れるのである。彼自身も困ってしまっているのであり、彼には絶対に責任はないのである。私は自信をもって度々言うのだが、彼はやったというのではなく、やらされてしまったのである。この考え方が、本書における最も重要な考え方なのである。彼の名誉のためにも、ここのところは強調しておかねばならない。

二〇〇五年三月には、ある国会議員が飲み屋から酔って出てきて、歩いていた女性に抱きついてバストを触ったという事件があった。彼はトップ当選した一年生国会議員だ。この頃彼には、当選の喜びが去って退屈が忍び寄ってきていたのだろう。まだ、国会議員になる準備をしていた頃には、こんなことはまずしなかったろう。しかし、事がうまくいってしまい、当面差し迫った問題を見つけられない凡人には退屈が襲ってくる。国会議員を目指している頃の加速状態の快感の炎は、全て鎮火してしまった。彼の才能はそこまでだったというわけだ――ここが異才変人である小泉元総理大臣と違うところだ。性的な欲望は誰にもある。しかし、それ以外のものへの専念により、うまくかわすことができる。

解決を迫られた期限付きの問題を発見でき、それは重大で解決しなければいけないと判断でき、それを楽しく、また忙しく解決することに専念できるという才能は、我々に何をさせるかわからない退屈という危険なものから、我々を守ってくれるのである。もしそういう才能がない場合、退屈が襲ってきて、どこからか悪い行為の指令が到来する。よいアイデアがどこからか到来するのと同じように――それは自分の意識の中に起源がない――その悪い行為の要求はどこからか到来するのだ。当人は、ただそれに従うだけといってもいい。こういう観点で見ると、当人も被害者であることは確かなのである。

二〇〇五年三月には、ある都立病院の医師が女性患者の裸の写真を収集していたという事件が報じられた。パソコンを調べたらそれが出てきたという。彼はたぶん仕事も惰性になり、退屈な毎日を送り、苦しんでいたのではないかと思う。問題意識をもっているわけでもなく、没頭できる趣味もなく、ただなんとなく医者になり、なんとなく生きているだけだったのではないかと思う。この退屈による不快は、性的なものを要求するようになる。職業柄それはたやすいところにあった。彼は苦しくなって、ついに呼吸してはいけないところで呼吸してしまったというわけだ。

二〇〇五年八月に報じられたニュースによれば、役所勤務の二〇代の男性が一〇代の女性を殺した容疑で取り調べられているというものだ。彼は大学を出て、四年間かけてやっと公務員になったそうだ。公務員になるために活動していた不安だった頃、彼はこんなことを考えたこともないだろう。考えていても、それを実行しようとは思わなかったはずだ。不安と忙しさは、我々をけして退屈にしない。しかし、運よく公務員になれてしまい安心すると、今度は退屈に苦しめられることになり、性欲という性質の悪い欲求が忍び寄ってきた。仕事も緊張を感じられない単調なものであったのだろう。仕事にも熱中できず、熱中できる健康的な趣味などももっていない彼は、性的なものに進むしかなかったというわけだ。

二〇〇五年九月には、四二歳の巡査部長が当直の日に、自動販売機から一八〇〇円を盗んで六ヶ月の停職になり、その後依願退職をしたという事件が報じられた。ある種の万引きと同じように、この事件も金が目的というのではなくて、退屈をまぎらわすのが目的なのである。彼は単調で平和な生活に退屈していた。変化や冒険を求めていたのである。ゲーム感覚であり、ちょっとしたうさばらしだったのだ。しかし、結果は恐ろしいことになってしまった。

二〇〇五年九月には、シャープ(株)の社員(課長)が通勤の途中で、自分のフン尿をペットボトルに入れ、それを女性に投げつけた、という事件が報じられた。彼は日頃はきわめて静かで、常識的な人であり、没頭できる趣味などはなかったのではないかと思う。しかし、それだからこそ不快は溜まっていくばかりであった。そして、それを抜かなくてはならないところまできていたのであったのであろう。

二〇〇五年四月に起こったJR西日本福知山線での脱線事故は、一〇〇名以上の死者を出した。運転手が、無理なダイヤ通りに運行しなければ処罰されてしまうことを恐れて、スピードを上げすぎてカーブに進入してしまったため、脱線してしまったのだ。

JR西日本では、運行の遅れをまねいた運転手に罰則を設けているそうだ。日勤教育という名目で、社内規則や反省文を書かせたりするそうだ。何日も続けられるので自殺してしまう者も出ている。上司が一時間ごとに課題を出して、それに対して書かせる。安全対策にほとんど関係ないと思われる作業が延々と続けられる。「この次に、このようなことをしたら、会社を辞めます」ということも書かせられる。そう書かないと、次の仕事につかせてもらえない。たった五〇秒遅れたために、日勤教育となり自殺してしまった者がいるそうだ。

これらは、テロ活動と同じで単なる残忍行為であり、つまり、いじめなのである。では、どうしてこんなに部下を虐待するのであろうか。昔の国鉄の時代にはこのようなことは、まずなかったろう。会社が順調で余裕があって管理者が意地悪でないとき、客に対してはぞんざいになり――昔の国鉄は客に対して態度が悪かった――、従業員はだらけてくるが、組織内のいじめはあまり起きない。しかし、会社の経営がぎりぎりで、競合他社と競っていて、管理職にいらいらが溜まってくると、その下の管理職にはそのしわよせがいき、不快は大きなものになる。部下は、他社との戦い他に上からも意地悪されるので、性質の悪い不快を味わうことになる。そして、その不快はその下の者をいじめることで中和される。そして、そのいじめられた者はまたその下の者をいじめる。あらゆる者が、強い性質の悪い不快を感じるようになる。トップがろくでもないと、いじめが多くなるものだ――これは学校においても同じだ。誰もが緊張と不快で震えている。そして、自分がいじめることの可能な者を些細なことで悪者にし、外観上は処罰することに見せかけ、その者をいじめることでうさをはらすのだ。自分がもてなくなったものは、下のものに渡すのである。自分の不快は、誰かを苦悩させることにより中和しようとする。そして、それは酒・たばこ・麻薬と同じようにエスカレートしていく。次々に残忍ないじめの方法が考え出される。これは昔、死刑のために驚くべき残忍な方法が考え出されたのと同じだ。相手を困らせ、どうにもならなくしてしまうことの喜びにより、彼らはなんとかバランスをとらなければならないのである。ストレスの多い職場で生きぬくためには、誰かを犠牲にしなくてはならないということだ。人間とは、なんと恐ろしいものなのであろうか、実際には融和的なものは何一つとしてないのである。

二〇〇六年二月には、次のような事件が報じられた。「エリート医師の迷走」と題された事件だ。ある医師が、警察に妻が首を吊って自殺したと通報した。しかし、死んだ時刻と通報の時刻の間が長かったことと、首についた跡が首吊りではなく、首を手で絞められたことを示していたことから殺人と断定した。そして、彼は自供した。口論になり、かっとなって殺したそうだ。日頃は仲のいい夫婦だと近所の人は言っていた。しかし、このようなケースはよくある。これは不可解な事件ではなく、我々の日頃は隠された正体が顔を出しただけなのだ。「かわいさ余って憎さ百倍」ということだ。未知で不気味である我々は、いかに簡単に怪物になってしまうかがわかるだろう。日頃は「良い人」であった彼が、突然怪物に、殺人鬼に変身する。凶悪な犯罪者と普通の者の間には、それほど大きい隔たりはないのである。彼はエリートだったのであろうから、全てがうまくいっていたのだろう。妻とも仲良くしていたらしい。だから、我々の危険なものについての自己体験がまったくなかったのだろう。そういう危険な状態になる可能性と、なったときの対処法についてまったく無知であったのだ。そして、女性というものをまったく正確に理解していなかった。女性は男性より劣るもの、不完全なもの、バカな者、男性につき従うものという間違った考え方を信仰していたのだろう。彼は、我々の中の醜いものについて、いままで全てが順調でいやな思いをしたことがないので、まったく予備知識をもっていなかったのであろう。あるとき、彼と妻の間に些細なことをきっかけに口論が始まった。たぶん彼女は、彼の信じている間違った女性像(女性は男性より劣っている)に沿わないことを言い張ったのだろう。彼は、彼の思ったようになっていない彼女の不可解な点や優れた点を見てしまった。わがままな彼は、その意外なこと、つまり「自分より彼女のほうが何らかの点で優れていた」ことによる不快に耐え切れず、いままでのように紳士に偽装し続けられなくなってしまい、ついに彼の中の野獣の赴くままに怒り狂ってしまったのである。自分の敗北を感じ、それに耐えられなくなったのだ。その不快を、彼は暴力をもって中和しようとしたのであった。これは彼の意識がやったのではない。体がかってに、つまり無意識的にやってしまったのである。彼にも何が起こったのかがわかっていない。だからよくこのようなことをした者が言う、「何でこんなことをしてしまったのか、わからない」。これは本当のことなのだ。

*二〇〇八年一一月二九日の読売新聞には、「家族と口論、放火」という題名で次のような驚くべき事件が報じられていた。記事を引用する。

 

*H容疑者は「暖房用の灯油を大量にまいて、ライターで火を付けた」と容疑を認め、動機について「家族と口論になり、腹が立った」などと供述している。

きっかけは、ささいな口げんか。捜査関係者によると、H容疑者は「翌日は出勤が早く、眠りたかったのにテレビの音や家族の声がうるさかった。注意したら子供たちに『そっちこそうるさい』などと“逆ギレ”され、大げんかになった」と話しているという。

その後、子供たちは二階の自室に戻ったが、腹の虫が治まらないH容疑者。

「二階の階段付近に灯油をまき、火を付けた。さらに一階の階段付近にも放火した」という。

異変に気付いた妻は、二階から飛び降りて脱出。H容疑者も衣服に火が付き、外に逃げ出したが、長女と長男は逃げ遅れ、二階の別々の部屋で遺体で見つかった。

近くの自営業男性は出火直後、燃え上がる家の前で「あんたバカじゃないの、子供が中にいるのに」とH容疑者に叫ぶ妻を目撃した。

 

H容疑者のことは、職場では「無断欠勤もなく、仕事ぶりもまじめ、穏やかな性格で、客の受けもよく、運転技術も社内で十本の指に入る」と評判だったらしい。このような性格の者、つまり社会的によい子、実は「手軽な不快の中和手段をもたないある種の欠陥者」が、驚くべき過激な行動に誘導されてしまうのである。「そっちこそうるさい」と子供たちに反撃されたとき、彼は何もできなかった。ただただ不快を溜め込むだけだった。このとき怒鳴りつけるとか、殴ってしまうことができていれば、つまり「手軽な不快の中和手段」を彼が身につけてさえいれば、このような惨事に至らなかったと思う。このような悲惨な事件は私もいままで想像すらできなかった。人間とは何とも不気味なものではないか?

わいせつな行為で社会的な地位を失う者、冒険により命を失う者、不正の発覚により名誉を失う者、些細なことによるけんかにより相手を殺してしまう者が多いことは、我々の不快を中和することへの渇望が、よい子でいること、社会的な地位や命などを守ろうとする願望に対して、劣らず大きいことを示している。

 

第二章 我々の残忍性

――我々は、どうしてここまで残酷になれるのか? ――

 

第一節 残忍性と暴力

残忍性は、戦争・暴力(家庭内暴力)・テロ・犯罪(殺人)・いじめなどの原因である。残忍な行為は我々の重要な不快中和手段なのである。

我々は他人の不幸を見たり、知ったりすること、さらには他人を苦しめることにより快活になることができる――この不道徳な意見にたいていの人は眉をひそめるかもしれない。それでは火事のときに、どうして野次馬が大勢現場に駆けつけるのであろうか? 昔の残忍な公開死刑に大勢の人々が集まるのはなぜか? 彼らはどのような動機で駆けつけるのか? その目的は何なのだろうが? 私はこの質問を前記の命題に反対する人にあびせてみるのだ。すると彼らは困った顔をして沈黙してしまうのだ。我々は他人の家の火事を何となく見に行くのではなく、砂糖に群がるアリのように、じっとしていられない衝動に襲われるのだ。我々はそれらに快楽する、もっと正確に言えば、性欲や食欲にがまんできないように、我々の渇望を満足させようとするのである。また我々は、他人の危機だけに快を感じるだけではない。冒険家は自分自身を危険にさらすことで、修行僧は自分を痛めつけることで、マゾヒストは自分を苦悩させることである満足(快楽)を得ようとするのである! 他人の家の火事は、その家に関係のない者にとっては迫力ある見世物くらいの意味しかない。自分に関係のない他人の不幸は、我々を強く引きつけるイベントなのである。昔のローマ帝国でいえば、人と人、人と野獣の殺し合い、また少し前まで行なわれていた公開死刑を見物するのと同じなのである。現代でも、K―1、PRIDEといった過激で残酷な格闘の見世物に誰もが見入ってしまう。

二〇〇五年四月に韓国のソウルで、ラオスから来た象が逃げて焼肉店に侵入しあばれた。店の中はめちゃくちゃになってしまった。それを見ていた見物人に話をきいたところ「一生思い出すほどおもしろかった、しかし、店長と知り合いなのであまりおもしろがれない」とひどいことを言っていた。人の不幸を本当に心配できるのは、その人と強い関係がある、つまりその人からなんらかの利益を得ることができる者のみなのである。

野次馬たちは家に帰れば「私は他人の不幸を望まない」、「誰もが幸せになってもらいたい」、「世界平和」などと言っている。身近に起こった不幸な事件をわくわくしながら見物しておきながら、普段はそれとは正反対なことを言っているのだ。お昼のワイドショーやニュース番組で悲惨な事件が報じられると、誰しも見入ってしまうものだ。大惨事ほど人を引きつける。「子供がマンションの十二階から落とされた」、「トラックのタイヤがパンクして対向車線に飛び出して対向車と正面衝突、家族三人は即死」、「車内で三人が自殺」といったニュースは、大きな声では言えないが人をなぜか引きつける。ここで前出のロバート・K・レスラー「FBI心理分析官」の解説から引用する。

 

*殺人について読んだり聞いたりすることは、たしかにショッキングであり、不快である。特に本書で多数取りあげられているような、性的な暴行やサディスティックな行為を受けた死体の描写、さらには逮捕後に明らかになった無惨な犯行経過などを読むことは、人間の感情として、けっして気持の良いものではない。

しかし、その不快感にかかわらず、この種の描写は人を引きつけ、ぞくぞくさせ、さらに知りたいという気持を起こさせる。「恐いもの見たさ」という言葉があるが、異常な犯罪のなかに、自分の無意識の中にうごめく衝動と響きあうものを感じるからかも知れない。人が犯罪についての読み物に引かれたり、ある種の人々が犯罪捜査管や犯罪学者になったりするのは、おそらくは、犯罪の持つこの魔力のせいではないかと考えられる。

 

我々が火事の現場に駆けつけるのは助けるためではない。しかし、偶然助けてしまう者もいる。人の不幸を見物するのも、人を助けるのも自分のある衝動に応えるためにやっているのであって、その手段が違うだけなのである。前者は低級あるいは直接的な手段であり、後者は高度な、あるいは歪曲され恰好つけられた手段なのである。この経路はその者の頭の程度によるが、ある人に限ってもそのときの気分、状態により変わるものだ。他人の不幸を見物してしまうだけのときと、助けに行きたいと思うときがある。どちらもそのときの体の状態に応えた必然的な行動であって、良くも悪くもないのである。うれしいときに怒れと言われてもできないのと同じだ。その人のそのときの本能の欲求に応えた行動に対して善か悪かと判断しようとするのは、我々の伝統的な悪い癖だ。

他人の不幸に快を感じるわかりやすい理由も上げることはできる。自分と家族以外の他人の不幸は、自分の利益に結びつくことが多い。組織におけるライバルや上司の不幸は、自分の出世につながる。敵の不幸は自分にとっては喜ぶべきことなのである。誰もがよくなることはできないのであって、誰かが上がれば誰かが下がるのである。だから他人の不幸を悲しく思う者がいたとすれば、それは必ず偽装された行為なのである。このような不気味な性質が我々にはあるのであり、それは本章で検討される。

他人の不幸の見物や想像は、我々のうっとうしい不快を中和する手段でもある。これは、男性がポルノに引かれるのと同じである。ポルノ映画や雑誌を見てマスタベーションをする、これで一時的にうっとうしい不快を中和するのである。ポルノを見ることはけして楽しいことではない。しかしポルノは我々、たぶん男性を最も強力に引きつけるのである。それと同じように悲惨な事件や他人の不幸に関する報道を見ることにより、我々は、不快をまぎらわせようとするのである。

「他人の不幸は蜜の味」と言われる。他人の不幸は、きわめて不道徳的すぎてなかなか言えないことであるが、我々にとっては最高の清涼剤なのである。我々は他人の不幸にとりわけ大きな関心を示し、その情報にはきわめて敏感だ。前出のショーペンハウアー「意志と表象としての世界」には次のようにある。

 

*この点からすれば、つまり生きんとする意欲の形式であるエゴイズムという立場からすれば、他の人の苦しみを眺めたり述べたりすることがわれわれに満足や喜びを与えるということもまた否定できぬことであり、まさにこの点の道理をルクレティウスは第二巻の冒頭で次のように卓抜かつ率直に申し述べている。「荒れ狂う風が海原を鞭打つとき、海辺にいて、岸に立って、船人が難儀しているさまを眺めるのは、楽しいことだ。それは他人の悩めるすがたを見て面白がるというのではない。自分が災悪より免れていることを知って嬉しいのである」。

 

また、暴力や他人を苦悩させることについても同じように、我々をわくわくさせるところがあるのである。カール=ハインツ・マレ「首をはねろ!」(小川真一訳、みすず書房)から引用しょう。

 

*こん棒の話は、なかなかおもしろくて誰もが楽しめるものである。ところが、わたしがこの話から引き出した結論は決して楽しいものではなかった。その結論では暴力というものが太古以来人間の楽しみの対象であるとか、世界中を容赦なく殴ってまわることに人間は喜びを感ずるとか――ともかくも、そういうようなことが指摘されているからだ。しかし、このような楽しみや喜びについては制約が加えられる。・・・しかし、このような規制が外される例外もある。正義のためや悪に対抗するための暴力は許される。自らを守るのは当然のことだからだ。正当防衛はほとんど世界中に是認されており、この理由からであれば隣人に対して暴力を加えることも許される。「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい」(マタイ、五.三九)というキリスト教的理想は単なる空論に終わっている。

袋から出るこん棒のメルヘンはいかなる理想も主張せず、もっぱら快感原則をふりまわす。食事の支度をするテーブル、金のロバ、袋から出るこん棒を使って、このメルヘンは人間の原初的な喜びを描く。そのためにこのメルヘンは世界中に広まった。しかし、こん棒はこの物語の中で主役を演ずる。したがって、この種の暴力の楽しみは(原初的な)三つの喜びの中で最も重要なものかもしれない。

 

*従来、暴力的な思考は、学者たちの研究対象にはあまりならなかった。少なくとも心理学者たちはいまだにそのような思考を集計していないし、統計的にとらえてもいない。ここではまず、月並みな設問から始めよう、「車のドライバーは何回くらい攻撃的衝動を感ずるか?」。この衝動は、この分野での一つの徴候であり、表面にすぎない。この表面の下に隠れている広がりが性欲の場合より劣ることはまずないだろう。また(衝動を)抑圧しようという意識はこの場合の方がはるかに強いだろう。なぜといって誰も自分の暴力なんか認めないからだ。

 

*無力な娘たちを凌辱し、そうすることで敵を辱めること――この行為には長い伝統がある。あらゆる時代の雑兵たちが一つの都市を占領した後で敵軍の婦女子を凌辱したのは、敵を辱める行為なのだ。歴史家たちはこのような暴行をとかく覆い隠したがる。ところが預言者イザヤは違う。イザヤはバビロンの征服についてつぎのように述べている。「幼児たちは彼らの目の前で打ち砕かれ/どの家も強奪され、女たちは辱められる」(イザヤ書、一三.一六)。そうだ、彼らの目の前でだ! 夫たちや父親たちが、自分たちの妻や娘が凌辱されるところをわざと見せられることも珍しいことではなかったのだ。これが敵への復讐であり、敵の苦痛を楽しむことによる満足であり、また男たちや女たち、それに征服された町にとっての、起こり得る最大の辱めである。

預言者ナホムは、ニネベの町を遊女にたとえて、つぎのように言う、「・・・わたしはお前の裾を顔の上まで上げ/諸国の民にお前の裸を見せる・・・」(ナホム書、三.五)。マルティーン・ルターの訳文によれば、この後につぎのような文章がつづく、「わたしは、お前を忌まわしい者となし、お前に罪びとの烙印を押し、お前を見世物にする」。果たしてそのとおりのことが起こる。すなわち、ニネベの女王はほんとに服を脱がされ、裸で町じゅうを引きまわされる。強盗、略奪、殺人は横行し、「人びとは死骸につまずき」、生娘たちはむせび泣き、ため息をつく。楽しい気分になれるはずがない。

 

ニネベとは古代アッシリアの都市で、紀元前七世紀末にメディア・バビロニア連合軍に攻略されて廃墟となる(広辞苑より)。前出のバタイユ「エロティシズム」には、次のような人間の残忍性と暴力に関する恐ろしい記述がある。

 

*戦争は、動物的な暴力とは異なって、動物たちがあずかり知れぬ残虐さを発展させた。相手から虐殺を受けた後の戦闘においては、捕虜の処刑へと事が進むのは日常的だった。こうした残虐さは、戦争の、際立って人間的な側面だ。モーリス・デイヴィの本から次のような恐ろしい描写を引用しておこう。

「アフリカでは戦争の捕虜を拷問にかけ、しばしば殺してしまう。・・・フィジー諸島における要塞劫略のあとの光景は、あまりにも恐ろしいものであるため詳細に描くことなどとうていできない。いちばん残虐でない行為を一つ挙げたとしても、そこでは性の区別も年齢差も無視されている。身体部位への数知れぬ切断がときには生きている犠牲者にも加えられるため、そしてまた性欲混じりの残虐行為がおこなわれるため、敗者は捕らえられる前に自殺してしまう。メラネシア人特有の運命論的な考えゆえに、多くの敗者は逃げようとさえもせず、頭をこん棒で打たれるがままになるのだった。不幸にも生け捕りにされたときには、その運命はひどいものだった。中央の村に連れてゆかれ、高位の身分の少年たちに渡され、もてあそび拷問にかけられる。あるいはこん棒で殴打されて意識もうろうとなり、そのまま過熱したかまどのなかに入れられる。そして熱さのあまり痛みの意識が戻ると、その狂ったようなけいれんに見物人たちは大笑いするのだ」。

 

モンゴル帝国の創設者であるチンギスハンか、その孫のフビライハンのどちらかであるか忘れたが、バーミヤーンを攻略したときに、その王の耳の中に溶かした銀を流し込んだという話を聞いたことがある。なんで彼はこんな残酷なことをしたのであろうか? 「彼の中の残忍性がそう要求していた」という以外の理由は見つからない。

バーナード・ルイスイスラム世界はなぜ没落したか?」(臼杵監訳、日本評論社)によれば、この本の著者であるユダヤ系イギリス人であるルイス氏(米国に渡りプリンストン大学の教授となった)は、冷静で公正な教授であったが、プリンストン大学からの退職が彼を変えてしまい、ネオコンサーヴァティヴ(新保守主義、排他的政治思想)に成り果ててしまったという。彼はこの本で、イスラムの世界に対して誤った情報を撒き散らし、彼の新たな米国の親友を喜ばせた。つまり、ディック・チェイニー(副大統領)、ドナルド・ラムズフェルド(国防長官)、ポール・ウォルフォウィッツ(国防副長官)、そしてリチャード・パールなどであり、彼らも攻撃的な欲求不満(残忍性)を抱えていて、それを抜く手段を求めていたのであったのだろう。この欲求に応えて攻撃できる相手、つまり敵を作り出す必要があったというわけだ。そして、二〇〇三年三月二〇日、英米軍はイラク攻撃を開始した。中世イスラム史研究者として名声を博したルイス教授は、この戦争を始めた上記の米国高官たちに大きな影響を与えたと言われている。

ここで、彼の心理を分析してみる。彼は、プリンストン大学を退職するとすぐさま退屈という不快に襲われた。彼はこれを中和しなければならなかった。通常この手段として、社会的に正当なもの以外にエロティックなものと残忍なものが上げられる。退屈者がわいせつな行為に走ってやめられなくなってしまうことは、周知のとおりである。しかし、彼は残忍な方向へと進んだ。つまり上記高官たちと、イスラム、具体的にはイラクサダム・フセインをいじめることに熱中しなければならなかったのであった。これは彼らの中の残忍性の仕業なのであって、彼らには一切の責任はないのである!

前出のショーペンハウアー「意志と表象としての世界」からも引用してみよう。

 

*神話に対する攻撃があれば、これは法ならびに徳に対する攻撃であると考えてしまうのである。これがさらに進んでいくと、一神論を奉じる民族の場合、無神論ないし神の欠如は、いっさいの道徳性の不在と同義語となってしまうのである。このような概念混同は僧侶たちにとっては歓迎すべきことであろう。ただこの混同の結果、あの恐るべき怪物、狂言(ファナティズム)が生じ得たのである。しかもこれがいちじるしく狂った個々の悪人を支配するだけではなしに、民族をまるごと支配するようになると、最終的に、この西洋では異端審問となって具体化されるにいたっている。こいうことが人類の歴史の中でたった一回だけなら、人類の名誉になることなのであるが、最近のもっとも信頼すべき報告によれば、この異端審問はマドリッドだけでも〔スペインのほかの地方にもなお多くのこのような僧侶の手による人殺し巣窟(そうくつ)があったのだが〕、三百年の間に三十万人を信仰問題のため焚刑に処し、苦悶のうちに彼らは死んでいったという。熱狂したがる人は誰でも、大声でわめきたくなるたびに、直ちにこのことを思い出すべきである。

 

第二節 死刑について

太古より執行されてきたあまりにも残忍な死刑の例を見ることにより、我々は人間というものに確実にひそむ恐ろしいもの、つまり残忍性について知ることができる。我々は、絶えず他人を苦しめたいという欲求に苦しめられ、絶好の機会があるとそれを実行し――誰もがエロティックなことにひそかに熱中するのと同じに――、快楽してきたのである。古代から少し前まで行なわれていた残酷な数々の死刑の方法を知ってほしい。そこには、我々が他人を苦しめたいという本能(残忍性)が現れているのである。罪人を罰する、見せしめにする、更生させるという近代的理由は、当時まったく考えられていなかったのである。

中国では二〇〇八現在、年に一〇〇〇人程度の死刑が執行されているそうだ(少し前には年に約八〇〇〇人が死刑にされていたそうだ)。これは一年における世界の死刑執行数の八割であるそうだ。中国は死刑王国なのである。中国は歴史上、死刑執行の数だけではなく、その恐ろしい殺し方においても世界一の残忍な国なのである。

*モネスティエ「死刑全書」(吉田春美・大塚宏子訳、原書房)とレーダー「死刑物語」(西村克彦・保倉和彦訳、原書房)という本には恐ろしい死刑の実態が詳細に述べられている。前者は、死刑の方法と実例が多数の資料により説明されている大作であり、一ページ一約一〇〇〇文字で五五〇ページにも及ぶ大作で、恐ろしい死刑執行の図版が全ページ数の半分を占めている。後者は、死刑の実例よりもその起源と賛否について重みが置かれている。前者は、後者と異なり死刑における人間の残忍な欲求が淡々と語られ、古代から近代にかけての死刑において、我々に確実に存在する残忍さと非情さ、という不気味なものの存在が明確に示されている。モネスティエ氏は著書の「はじめに」のなかで、『文化的なアリバイに守られていても、冷静で大胆な視点から見ると、死刑の歴史はもうひとつの「歴史」である。つまりそれは、邪悪な心と悪意に奉仕する人間の才能の歴史なのである』と言っている。これは正しい判断である。つまり、我々に確実に存在する「残忍性」を認めているのである。

この二つの著書には、ほとんどの人が知らないであろう震え上がるような恐ろしい死刑の光景が紹介されている。前者では、死刑を三七に分類している。それは、動物刑、喉切りの刑、腹裂きの刑、突き落としの刑、飢餓刑、檻に閉じ込める、幽閉、磔刑、生き埋め、串刺し刑、皮はぎ刑、切断刑、解体刑、切り裂き刑、粉砕刑、火刑、肉を焼く、鋸引き、矢で射る、突き刺す、毒殺、吊り落とし刑、鞭打ち刑と棒打ち刑、車刑、四つ裂き刑、絞殺刑、ガロット、石打ち刑、溺死刑、絞首刑、斬首刑、首切り装置、ギロチン、銃殺刑、ガス室電気椅子、毒物注射である。

*前出のニーチェ道徳の系譜」(信太正三訳、筑摩書房)の中の第二論文は、刑罰の起源と残忍性について検討されている。ここで、刑罰とは何かを簡単に考えてみたいと思う。

広辞苑」によれば、刑罰に関する考え方において、「応報刑主義」という考え方は、犯罪という悪に対する「こらしめ」を刑罰とするという古い考え方である。一方、「目的刑主義」という考え方は、近代の考え方で「こらしめ」という考え方ではなく、犯罪者を立ち直らせ罪を犯さないようにする、つまり社会全体の利益を求める、という考え方である。前者は、「こらしめる」ことによって何が得られるのかが不明であり、後者は、古代において刑罰を生み出した人間の心理から遠く離れた考え方であるように思われ、永い歴史の中で常に刑罰がもつ残忍・復讐・快楽的な意味を隠して、かってな目的をくっつけ、伝統ある刑罰を冒涜するものであるように思われる。人間の本性が要求したあまりにも残忍な刑罰の恐ろしく永い歴史が踏みにじられ、まったくそれらを無視した新しい見方が横から挿入されている。二〇〇七年二月のNHKラジオニュース「NHKジャーナル」で、ある法律の専門家が言っていたが、ある犯罪に対する裁判の目的を社会の利益とする(目的刑主義と同じである)日本の判例を国際会議で発表したところ、聴衆から驚きのどよめきが聞こえてきたそうである。つまり氏は、このような考え方は日本だけなのであると言われていた。「目的刑主義」という考え方は、法律家にとってはこれでいいのかもしれないが、刑罰というものを考えようとしたとき、これではお粗末である。刑罰の歴史が我々に見せようとする我々の恐ろしく不気味な正体は、しっかり見なくてはいけない。凶悪な犯罪になればなるほど、その犯罪者は刑罰によって、善くはならない傾向が強くなるのである。このことを以下に示すいくつかの実例で示してみよう。まず、*前出のロバート・K・レスラー「FBI心理分析官」の解説(福島章)より、関連するところを引用する。

 

*彼らの異常な殺人は、けっして偶然のなりゆきによって起こるものではない。彼らの長年にわたる空想生活の中のイメージが、ついに現実の世界で実現されたものにすぎない。「始めにファンタジーありき」なのである。殺人犯のこのような空想は、犯罪が行なわれ、逮捕され、受刑生活を送っている間も、後悔や罪悪感によって消えるということはない。むしろ、殺人の時の興奮を思い出すことが刺激となって、性的な興奮や満足が起こることすらある。サディスティックなファンタジーやイメージは、いわば第二の天性のようなものであり、生涯にわたって彼らに《取り付いて》はなれない。

 

前出のカール=ハインツ・マレ「首をはねろ!」より関連するところを引用する。

 

*下手人を――なぜか分からないが――突如として苦しめるのは、当人の良心ではない。それは、こんどは自分が暴力の犠牲になるのではないかという、実に恐ろしい認識である。

 

さらにカーネギー「人を動かす」(山口博訳、創元社)より関連するところを引用する。

 

*この事件のおこる少し前、クローレーはロング・アイランドの田舎道に自動車をとめて、ガール・フレンドを相手に、あやしげな行為にふけっていたことがある。だしぬけに、一人の警官が自動車に近づいてことばをかけた。「免許証を見せたまえ」、いきなりピストルを取り出したクローレーは、物もいわず相手に乱射を浴びせた。警官がその場にくずれおれると、クローレーは、車からとびおりて、相手のピストルをひったくり、それで更にもう一発撃ってとどめをさした。この殺人鬼が“だれひとり人を傷つけようとは思わぬ心”の持主だと、みずから称しているのである。クローレーがシンシン刑務所の電気椅子にすわるとき、「こうなるのも自業自得だ――大勢の人を殺したのだから」と、いっただろうか――いや、そうはいわなかった。「自分の身を守っただけのことで、こんな目にあわされるんだ」、これが、クローレーの最後のことばであった。・・・この問題について、わたしは、シンシン刑務所長から、興味のある話を聞かされた。およそ受刑者で自分自身のことを悪人だと考えている者は、ほとんどいないそうだ。自分は一般の善良な市民と少しも変わらないと思っており、あくまでも自分の行為を正しいと信じている。なぜ金庫破りをしなければならなかったか、あるいは、ピストルの引き金を引かねばならなかったか、そのわけを実にうまく説明する。犯罪者は、たいてい、自分の悪事にもっともらしい理屈をつけて、それを正当化し、刑務所に入れられているのは実に不当だと思い込んでいるものなのである。

 

第三節 刑罰の意味とニーチェの意見

先に挙げた一八四四年生まれのニーチェの論文の中にも、このことがきっぱり明言されている。前出のニーチェ道徳の系譜」(信太正三訳)の中の第二論文から引用する。

 

*疑いもなくわれわれは、刑罰の本来の効果を、何よりもまず、それが用心深さを増させる点に、記憶を長続きさせる点に、将来はもっと慎重に、もっと疑いぶかく、もっと内密にことを運ぼうと意志させる点に、多くのことに人はどうせ力およばぬものだということを悟らせる点に、つまりは自己批判の一種の改善をもたらす点に求めなければならない。人間においてにせよ動物においてにせよ、およそ刑罰によって達せられることは恐怖の増大、用心深さの増進、欲望の制御がそれである。この点からいって、刑罰は人間を馴致するにしても、これを《より善く》することはない、――むしろこの反対を主張する方が当を得ているだろう。(下世話にも、「痛い目にあえば利口になる」という。が、利口になるだけに、わるくもなる。運よく鈍物になる場合もかなりある)

 

だから、前記の刑罰に対する第二の考え方は、法学者たちの空論に終わっているのである。前記の死刑とグリムメルヘンの話しから察しがつくように、たぶん昔は、処刑や拷問という残酷な行為への我々の欲求を満たすがために、犯罪者や戦闘での捕虜や敗者が利用されたのであり、それは残酷な行為が何はばかることなく、思う存分実行できる絶好の機会であったのだ。つまり、娯楽のための残酷なイベント、ショーであったのだ。やがて、それを刑罰と呼ぶようになり、正当な行為として現在に至るまで、いろいろな意味があてがわれてきたのである。集団や国家により、あるいは宗教により残忍な行為が抑制されるようになった人間獣は、そのはけ口を刑罰や拷問という公認された残虐行為に求めざるを得なかった、これが、原初の刑罰の意味であったのであろう。これらは、個人の勝手な残忍な行為を禁じたはずの集団・国家・宗教によって行なわれたまったく同じ残酷な行為なのである。

広辞苑で「刑罰」を引くと、「罪を犯した者に対する罰。しおき、とがめ」とある。また「罰する」を引くと、「罰を与える。処罰する」とある。これらの説明は、まったく我々人間の心理上での刑罰の意味について説明していない、まったく役所的な説明にとどまっている。刑罰に当たる英語の「punishment」をLONGMAN英英辞書で引いてみると、「誰か、または何かが罰せられる方法」とあり、罰するという意味の「punish」を引くと、「悪いことをしたり、法を犯したりした者に苦悩を与える」とあり、LONGMAN Activatorという辞書で引くと、「悪いことをした者に苦痛なことをやらせる。たとえば刑務所に入れる、やりたくないようなことをやらせる」とある。つまり「punishment」は「ある者に苦悩を与える方法」ということになる。さらに「罰金を科する」に当たる「fine」を前記の英英辞書で引くと、「苦悩を与える方法として金を払わせる(to make someone pay money as a  punishment)」とある。つまり、刑罰・罰金などは悪いことをした者、損害をもたらした者に反省させる、改心させる、ということ(これはニーチェによれば、刑罰の歴史の上からは、かなり最近になって考えられたものなのである)ではなく、犯罪者を苦悩させるということが説明されているのだ。

広辞苑では刑罰を「罰という言葉」で説明していて、説明になっていない。刑罰ということに関して、あまり考えられていないような気がする。しかし、LONGMAN英英辞書では「当事者を苦悩させる、いやな思いをさせる」と説明し、いくらでも考えられるであろう刑罰の意味の中でも最も重要なもの、根源的とも言えるものにも言及している。今ではなかなか口にできないことだが、自分の受けた損害による不快を、その損害をもたらした者を苦悩させることによりまぎらわす、中和するという我々の性質、つまり残忍性という本能の現れが刑罰の起こりなのではないだろうか。全ての刑罰は、犯罪者に苦悩を与えることにより成り立っている。刑罰の説明には、相手を苦悩させるという言葉が絶対に必要なのである。これは、これから紹介するニーチェの刑罰に関する考え方なのである。

*前出のニーチェの「道徳の系譜」(信太訳)の第二論文で彼は、刑罰の効能について『それは、苦悩させることが最高度の快感を与えるからであり、被害者がその損害さらには損害からくる不快と引き替えに異常な悦楽を手に入れるからである』と言っている。ニーチェは「この人を見よ」の中で、この第二論文について次のように解説している。前出のニーチェ道徳の系譜」(信太訳)の解説から引用する。

 

*第二論文は良心の心理学を展示する。良心なるものは、普通信じられているように《人間の内の神の声》ではない、――もはや外部に向かって発散できなくなって、向きを逆にするようになった残忍の本能である。最も古い、絶対に無視できない文化地盤の一つとしての残忍性が、ここにはじめて明るみにだされたのだ。

 

この難解な論文のあらすじを紹介してみようと思う。まず刑罰が先史時代では、我々の残忍性から起こったものであることが説明される。つまりそれは、相手から受けた損害による不快を中和するためにその相手を苦悩させる、あるいは相手を苦悩させるという快感を得るだけのために行われたものであることが詳細に述べられ、我々の残忍性という本能を確認している。相手を苦悩させることは、我々にとって価値あるものなのであり、損害は、相手を苦悩させるという等価物により埋め合せができるのである。残忍性、つまり「他人(自分であることもある)を苦悩させることは、最高度の快感を与える」というこの本文中のショッキングな文章は、サディズムマゾヒズム)というものがなんら異常なものではなく、太古から我々誰もがもつ本能であることを示している。そして、それが抑制される時代になると、つまり国家などに監視され、むやみに他人を虐待できない時代になると、その本能は自分自身を虐待する――マゾヒズムもこの一種であろう――というはけ口を見つけるようになった。これが「良心の疚しさ」であるとされる。この最後の部分が第二論文の有名なところであり、解説書などではこのことしか説明されていないことが多い。つまり、ここで重要視している刑罰の起源と人間の残忍性との関係についての紹介は省かれていることが多い。ニーチェによれば、キリスト教では人間のあらゆる本来健康的な攻撃的本能が否定され、抑制される。そしてこれら行く場を失った残忍性という本能は、ついに「自分自身へと向かう」と言っているのである。自分自身の虐待による我々の攻撃的欲求の鎮静化、不快の中和、これはあらゆる宗教に共通するところではないだろうか。ニーチェは、キリスト教をひとつの人間の病気として非難しているのである。余談ながらイスラム教徒(ムスリム)においては、この不快の中和が「テロ(テロル)」という方向において達成されているのではないかと思われる。

 

第三章 凶悪な殺人犯の心理

 ――不快を社会的正当な手段で中和できなかった者の恐るべき行動について――

 

第一節 我々の中の野獣

凶悪な犯罪や残忍な事件があると、人々はたいてい「昔はこんなことはなかった、もっと平和だった、今はおかしい」なんてことを言うものだ。しかしそうだろうか? むしろ昔はもっとひどかったのではないか。

太古において、我々は食うか食われるかの状態であったろう。そこは弱肉強食の世界であり、暴力が支配していたと思われる。「あいさつの起源」について、私が中学生のときの国語の教科書に書いてあったことを思い出す。それは次のようなものだった。太古において、荒野で知らない者同士が出会うと、どちらかが死なねばならなかった。つまり、戦いになってしまうのである。我々の今でも変らない自分を守るためということのためだけではなく、ただ「相手を打ち倒したい」というあの攻撃的な本能のためでもあるのだ。これを避けようとする手段として、「あいさつ」が生み出されたというのだ。荒野での戦いを避けたいと思った者(弱者)が、あいさつという行為を発明したのだ。その後さらに発展して、集団(部族など)の中での秩序を保つために、我々の危険な衝動を押さえつけ、本性を覆い隠す必用が出てきて数々のアイデアが考案された。鋭くとがっていた人間はどんどん丸みをおびていくように仕向けられていくことになる(ニーチェ)。このアイデアとは、たとえば部族内の規律・刑罰などであり、また、公正・正義などの観念も生み出され、宗教もそれに加わり、やがて全てを支配するようになってしまった。つまり、我々の本性(利己的で残忍で醜いもの)が、全て悪とされて禁止され、それをやった者が周りから非難され処罰されるようになった。しかし、このような手段によって抑えつけられ、手なずけたはずのもうなくなっていなくてはならない不道徳・悪と呼ばれる我々の危険な行為への衝動は、けして鎮火させることのできるものではなかったのだ。それは時々平和な世界に現れ、太古にはしょっちゅう起こっていたことを再現して見せるのである。昔は平和であった、世の中おかしくなってきた、などと言う者は単にその者が運よく平和であっただけで、今よりひんぱんに起こっていただろう恐ろしい事件を単に知らなかっただけなのだ。そりゃそうだろう、昔はTVもラジオもなかった。つまり、事件がなかったのではなく、それをいちいち報道できなかった、あるいはそれを知る手段がなかった、ということなのであって、今と変らないか今以上の凶悪で残忍な犯罪が行われていたと思われる。自分が知らないことはないものとしてしまう、というのはあまりにも雑な考え方ではないだろうか。

二〇〇四年にNHKのTV番組で、現代の子供の性格について討論していた。その中で中学校の教諭が次のようなことを言っていた。「最近の子供の行動はまったくわからない。我々が考えるところとは別なところで生きている。我々は常に彼らに負けているような気がする。しかし、この子供たちが我々と違うわけではなく、我々の中にも彼らと同じものはあるのであるのではないか。ただ、我々のそれにはふたがしまっていて、それらが外に出ないようになっているだけではないだろうか。現代の子供たちにおいては、そのふたが開いてしまっているだけなのではないのだろうか」と、つまり、我々はその何かを抑制しているのに、現代の子供たちは抑制していない、ということだ。しかし、このふたは我々にはかってに開け閉めできない。我々は未知であり、何が出てくるのかわからない。恐るべきものがひそんでいるかもしれない。これは、凶悪な犯罪を見るとき感じることだ。

これに関連して、二〇〇五年五月一三日の朝日新聞に、次のような記事があった。

 

*財団法人「インターネット協会」の主任研究員の大久保さんは、同協会を激しい言葉で非難するメールを続けざまに送ってくる相手と実際に会ったことがある。「どんなに怖い人かと思ったら、普通のおとなしい人。こちらが驚いたくらい」。

そとでは静かな人が、キーボードに荒々しい言葉をたたき続ける。「普段のストレスを、別の人格になって発散しているのではないか」。大久保さんはこう分析する。

 

外で静かな人は激しいものがないのではなく、それを外では抑えているのだ。それを出すための手段をもっていないからだ。誰にも恐るべき危険なものはあるのであって、その排出の仕方が人によって違うだけなのではないのだろうか。

二〇〇四年四月に、若い人の悩みを紹介するTV番組があった。その中で次のような告白をしている青年がいた。「自分に中に野獣がいる。いつも誰かを殴りたくなってしまう」。彼は自分の中に、自分でもコントロールできない危険な衝動があることに気づいているのである。前出の野村ひろし「グリム童話」から、フロイト(「精神分析学」の創始者)の言葉をもう一度引用しよう。

 

*幸福な人間は決して空想しない。空想するのは不幸な人間だけである。みたされなかった願望こそ空想を生みだす原動力であって、空想というものはどれもこれも、願望充足であり、人を満足させてくれない現実の修正を意味しているのである。人を空想へと駆りたてる願望は、その性別、性格、生活事情によってそれぞれ異なるが、しかし、たやすく二つの主なグループに分類することができる。すなわちそれは、人格高揚に奉仕する名誉心的願望か、性的な願望かである。

 

これから話題になる凶悪な犯罪者たちは、皆、空想をよくするのである。彼らの多くは、前記の二つの主なグループのうち性的な願望が特に大きい。その中には、名誉心的願望をもつことができなかった者や、名誉心的願望がかなえられる可能性がなかった者もいる。彼らは、自分の願望を社会的に正当な手段で満たそうとする才能がないか、その可能性を断たれてしまった不幸な者たちなのだ。そんな犯罪者でなくとも、我々は前記の二つの願望に苦しみ、その不快に対処するために、苦しまぎれに実にいろいろな驚くべき手段を使う。人を助ける、優しくする、かわいがるというような一見非利己的に見える手段による者もいれば、人をいじめる、性的な暴行を加えるというような残忍な手段による者もいる。二〇〇五年に起きた大学教授による「手鏡による女性のスカート内ののぞき事件」という犯罪からは、教授になって名誉心的願望が満たされると、こんどは性的な願望が彼に安住を許さなかったという事実がわかるのである。

我々にはいろいろな欲望があり、それぞれに付いている「ふた」が開いているか閉まっているかで、その欲望に対処する行動が起こるかどうかが決まる、という見方と、我々誰もがもつ恐るべき欲望とそれによる不快に対処するための手段がいろいろあるという見方の二つがあるといえる。これからの話は後者の見方で進めていく。つまり、社会的にうまくいく者は、誰にでも共通にある我々の危険な欲望とそれによる不快の中和手段が社会的に正当なものになっていただけのことなのである。凶悪で残忍な犯罪者は、その手段が犯罪と呼ばれるもの以外にはなかったのではないかということである。この良き中和手段を与えられていなかった不幸な者の一部が、恐ろしい犯罪者になっていくのであろう(精神病は別として)。このアイデアは次に紹介する米国FBIのロバート・K・レスラー氏の考えでもある。

 

第二節 連続殺人犯

*前出のロバート・K・レスラーの著書「FBI心理分析官」は、米国で起こった連続殺人事件について書かれたものである。レスラー氏が名づけた「連続殺人」は、一人の犯人が次々に殺人を繰り返していくもので、大量殺人とは違うものだ。彼らにはきわめて大きな押さえがたい性的な欲望がある、とレスラー氏は言う。連続殺人は、アメリカ合衆国では全てが白人の男性であるという。そして、その犠牲者のほとんどが女性であり、青年や少年もいる。米国以外の国でも人を連続して殺し続けた犯罪者のほとんどが男性であるらしい。男性は女性に比べて不快が多いのか、欲望が大きいのか――欲望は達成されるまで不快を与え続ける――、不快に耐えられないのか、とにかく、男性は女性に比べて「生きる」ということに関しては弱者なのである。同じストレスを受けても、男性は女性に比べて大きな不快を感じるようで、「痛さ」についても女性は男性より鈍感であるそうだ。また、野蛮になればなるほど痛さに強くなるそうだ。このような残忍な行為は全て何らかの不快を中和する(快楽する)ために行なわれると考えられる。社会的に正当な手段で中和できなかった不快は、たとえば女性や少年を冒す・殺すという手段で中和されるのである。

この本の解説のところで、犯罪学者の福島章氏も前記と同じようなことを言っている。それを引用する。

 

*著者(レスラー氏)によると、連続殺人に犯人は、ほとんどが《性的異常者》である。したがって、連続殺人はほとんど《性的衝動》に駆られての行為である。ドイツや日本の犯罪学では、この種の「殺人そのものが性的な興奮や満足を与えるような殺人」を《快楽殺人》と定義して、殺人の一類型と位置づけている。しかし、FBIの経験によれば、ほとんどすべての連続殺人者は性的殺人者であり、《快楽殺人者》であるということになる。

 

FBIの方法では、犯人の生活の歴史と心理的な発達の歴史を詳細に分析しようとする。そこでまず明らかになったことは、連続殺人の犯人幼児期は不幸であるという事実である。まず両親の離婚などによる家庭の崩壊が多い。また、拒絶的で愛情に乏しい母親との、恵まれない母子関係も多い。しかしこれは、犯罪、非行者一般に共通する特徴といえる。

 

*大切なことは、犯人たちの内面のファンタジーがいかに現実に実行されるにいたるかということであろう。心の中でこの種のサディズム的な幻想を抱き、自慰やセックスの場面でそのイメージを活性化させて満足や興奮を得ている人はけっして少なくない。このことは、世にSM雑誌やホラービデオなどが大量に流通していることからも明らかであろう。しかし、《性的殺人者》はその割に少ない。

 

*しかし、連続殺人者には、《秩序型》の典型に見られるように、一見《正気の仮面》をかぶった者も多い。彼らが、内面のファンタジーだけでは満足せず、実際に人を殺して、その死体を引き裂いたり解体したりする動機はいったい何であろうか。多くの事件の分析や、犯罪者とのインタビューを通しても、その謎は相変わらず謎として残されているように思われる。だからこそ、彼らは《怪物》なのだろう。しかしその《怪物》とは、殺人を犯さない人間も誰しも無意識の深みには抱いている《影》をたまたま目に見える形で明るみに出した人々だともいえるのである。

 

*つまり、殺人者を研究することは、人間性の一番奥深くにひそんでいる《シャドウ》を研究することにもなる。その意味で、本書はどんな哲学書にもないような事実の厚みと迫力をもってわれわれに迫ってくる。したがって、彼らに対して有効な《治療方法》などはありえない。出来ることは、われわれも一緒になって、わが内なる《怪物》と向き合うことだけである。

 

さらに、性的な欲望と殺人との関係について、前出のフランスの総合的な思想家バタイユ(1897年生まれ)の著書「エロティシズム」から引用してみよう。この本は私の生まれた年、一九五七年にフランスで出版された。

 

*エロティシズムとは、死におけるまで生を称えることだと言える。これは、厳密に言えば、定義でない。しかしこの表現はほかのどれよりみごとにエロティシズムの意味を語っていると私は思う。正確な定義が求められるならば、たしかに生殖のための性活動から出発せねばならないだろう。というのもエロティシズムはその特殊な一形態なのだから。生殖のための性活動は有性動物と人間に共通の事柄なのだが、しかし見たところ人間だけが性活動をエロティックな活動にしたのであった。エロティシズムと単純な性活動を分かつ点は、エロティシズムが、生殖、および子孫への配慮のなかに見られる自然の目的〔種の保存、繁栄〕とは無関係の心理的な探求であるというところなのだ。この基本的な定義から、私はしかしただちに、冒頭で示した表現「エロティシズムは、死におけるまで生を称えること」に立ち返る。というのも、エロティックな活動がはじめは生のあふれんばかりの豊かさであるにしても、いましがた述べたように生の繁殖への配慮とは無関係の心理的な探求は、死と無縁ではない目的に向けられているからである。ここには生と死のたいへん大きな矛盾があるので、私としては、すぐに次の二つの引用文によって私の主張に存在理由のようなものを与えたいと思う。二つともサド(著者注:サディズムという語元となったフランスの作家(一七四〇~一八一四))の文章だ。

 

*奥義は残念ながらあまりに明確なのだ。それだから悪徳にわずかでも根をおろした放蕩漢は、殺人がどれほど官能を刺激するか知っている。

 

*同じ作家がさらに次のような奇妙な文章を書いている。

 

*死を淫蕩な発想に結びつけることほど、死に慣れ親しむための良策はない。

 

*私はさきほど「存在理由のようなもの」という表現を使った。じっさい、サドの思想は常軌の逸脱であるだろう。ともかく、サドの思想が拠りどころとしている傾向が人間の本性においてさほど稀なものではないというのが本当だとしても、常軌を逸した性行動が取り扱われているのは事実だ。が、それでも、死と性的興奮のあいだの関係は問題として残る。殺人を見たり想像することによって、少なくとも病者は、性的快楽への欲望をかきたてられることがある。ただし私たちは、病がこの死と性的興奮の関係の原因だと言ってすますことはできない。私個人としては、サドの矛盾した表現の中に一つの真実が現れていると認めたい。この真実は悪徳の世界に限定されるものではない。この真実は生と死に関する私たちの表現の根底だとさえ私は思っている。私たちは、この真実から離れて、存在について考えることはできない。私は結局そう思っている。多くの場合、存在は、情念の運動の外で人間に与えられているように見える。逆に私は、断じて存在を情念の運動の外にあるものと思い描いてはならないと言いたいのだ。

 

*せいぜいのところ私たちが言えるのは、もしもエロティックな行為に、侵犯の要素、さらには侵犯を成り立たせている暴力の要素が欠如しているならば、エロティックな行為は絶頂に達するのがますます困難になるということだ。とはいえ、本当の破壊、正真正銘の殺人が、私が先に語ったそのきわめて暖味な等価物(裸にすること)よりもっと完全なエロティシズムの形態をもたらすということはないだろう。サド侯爵が小説のなかで、エロティックな興奮の絶頂を殺人行為のなかに見定めているという事実は、次のような意味をもっているにすぎない。すなわち私が描きだしたまだ兆しほどの運動を極端な結果へ導いたとしても、私たちはかならずしもエロティシズムから遠ざかるわけではない、という程度の意味だ。人が通常の生活態度からエロティックな欲望に移ってゆくとき、そこには死の根源的な魅惑が作用している。

 

また、前出のカール=ハインツ・マレ「首をはねろ!」には次のようにある。

 

*ポルノグラフィーでは好んでセックスと暴力シーンが描かれるし、一部の刊行物、とりわけ一部の大衆紙には――それだけとは限らないが――ポルノグラフィーとそっくりのシーンが出てくる。このようなテーマの描写を最初に手がけたのは、周知のとおりマルキ・ド・サドであった。彼は初めて暴力とセックスの狂宴をきわめて大胆に描き、文学はすべてのことに対して開かれたものでなければならない、と主張した。彼が二七年間も監獄と精神病院で暮らしたのは偶然ではない。

ここで注目すべきことは、メルヘンがサドよりもずっと以前に、ほとんどあからさまなサディズムや、いくつかのセックスと暴力のシーンを内容として含んでいたということ、しかもそれが非難されることもなく現在に至るまで生き残っているということである。この事実は、サディズムのようなものが個々の人間だけにかかわる病的(異常)な事柄でなくして、普遍的な人間的現象でもあるということを物語っているのかもしれない。

 

さらに、前出のレスラー「FBI心理分析官」から、いくつか引用してみよう。

 

*殺人犯の空想の特徴は、視覚的な要素が強く、支配、復讐、性的虐待服従の強制などがテーマになっている点だ。正常な人は性的な冒険について空想するが、彼らはセックスと暴力とを結びつける。相手を汚し、辱め、支配しようとするアブノーマルな要求を、性的な冒険とないまぜにするのだ。普通の空想では、相手も自分と同じように楽しむことが前提となっている場合が多い。しかし人格異常者の空想では、本人が楽しめば楽しむほど、相手は危険な目に会うことになる。・・・「こう言うとすごく冷たく聞こえると思うけど」と、エドモンド・ケンパーは申し訳なさそうに言ったことがある。「俺が求めていたのはだれかと特定の経験をすること、自分の思いどおりに相手を所有することだった。だから、その人を体から追い出す必要があったんだ」しかし、人間はいったん肉体から追い出されたら、二度と戻ることはできない。つまりケンパーは、自分の性的空想を実現するためには、相手を殺さなければならなかったと言っているのだ。・・・このエドモンド・ケンパーは思春期に祖父母を殺害して少年刑務所で四年の刑期をつとめ、出獄後に母親をふくむ七人を殺して、終身刑を宣告されている。

 

*犯罪者が孤独な青年期を迎え、性的にも目覚めると、空想にふけることがますます多くなる。彼らは世間から不当な扱いを受けていると感じ、その怒りのはけ口を空想に求める。何人かの殺人犯は、思春期にハイヒールや女性の下着、絞殺に使うためのロープに執着したと報告している。ロープは他人に対してだけでなく、性的な刺激として自分自身にも使用した。エドモンド・ケンパーは一二のとき、姉と「ガス室ごっこをして遊んだという。姉がケンパーを椅子に縛りつけガスのスイッチを押す真似をすると、彼が椅子の上でのけぞって「死ぬ」というものだ。セックスと死を結び付けたぞっとするようなわびしい遊びだった。

 

*テッド・バンディは、ロー・スクールに入るのに必要な財政的援助を得られなかったことがきっかけで、最初の殺人を犯したことになっている。もしそうしたストレスがなく、ロー・スクールで学ぶことができ、性的要求を満足させてくれる女性と出会っていたら、彼は殺人を犯さなかっただろうと言う人もいる。攻撃的な弁護士となり、売春婦のもとを訪れ、サドマゾヒスティックな関係を結び、怒りを発散させるようにしていたら、犯罪者にならずにすんでいたというのだ。むろん、これが事実かどうかは確かめようもない。だがバンディののちの行状から判断する限りでは、ロー・スクールに行こうが行くまいが、性的空想を満足させる女性に会おうが会うまいが、やはり彼はどこかの時点で犯罪を犯していた可能性が強い。彼の頭の中では、性的欲望と、傷つけ破壊したいという要求とが混然一体となっていたのだ。

 

二〇〇五年一二月には、次のようなニュースが報じられた。宮崎大学医学部の学生がインターネット上に、ドライブ中に車ではねて殺してしまったうさぎを解剖したという記事を掲載した。そのなかには次のようなことも書いていた。「魚や、かにを殺した。皆、そのとき、元気で楽しそうだった。人間の奥底を見たような気がする」。正確に覚えていないが、このようなことが言われていた。この学生が言っていることは異常にみえる。しかし、彼が「人間の奥底を見た」と言っているように、こういう気分は誰にもひそんでいるものだ。

 

第三節 連続殺人犯の幼年期の不幸

レスラー氏は*前出の「FBI心理分析官」の中で、幼年期(〇~一二歳)の幸福は、欲望やストレスによる不快に対処するための社会的に正当な手段を見つけ出す能力を形成すると言っている。幸福な幼年期を送った者は、社会的に正当な行動に専念することによって、あらゆる不快を中和できる能力をもつ。このような者はいかなる欲求や困難な状況に直面しても、その不快をいやすための、また、危機を脱するための社会的に正当な手段を見つけ出すことができるのである。*前出のニーチェ道徳の系譜」(秋山訳)の中にあるのだが、我々はある欲望が妨げられたときその方向を換える。たとえば他人を攻撃したいという欲望が妨げられたとき、その攻撃欲望は他のものに向けられる。それは自分でもあり得て、僧侶などの苦行や良心の呵責(ニーチェの考え)などがそれであり、マゾヒズムも同種のものであり、これは、自分を積極的に苦悩させることによってある不快を中和したり、優越感を感じたりしようするのである。*ニーチェ善悪の彼岸」(信太正三訳、筑摩書房)には、『好戦的な人間は、平和なとき自分におそいかかる』とある。この良い例として、猿は相手に抵抗できなくなると自分の手を咬むそうである。この点て猿は人間に近いのである。*前出のニーチェ道徳の系譜」によれば、一部の猿には残忍な行為やいじめという人間的な行為が認められるそうである。

社会的に正当な不快の中和手段は、たとえばオリンピックで優勝する、会社でよい仕事をして出世する、良い人と結婚する、趣味を楽しむ、良い学校に入る、などである。しかしそのような手段は、その人がその手段を選べる状態にあり、選べるだけの能力があったからこそ使えたのである。レスラー氏によれば、そういう能力は、幼年期の幸福により形成され、苦境において、それに対処するための社会的に正当な手段を見つけることを可能にしてくれるのである。

幸福な体験は、そうではなく生きるために必死である者に比べて、人を考えさせるのである。*前出のニーチェ道徳の系譜」にあるように、我々は元々何も無かった我々の中にいろいろな意味を加えていく。薄っぺらだった人間は体積をもつようになったのである。我々は、我々の考える我々を複雑化していき、やがて道徳的・宗教的になっていくのである。

幼年期に自分のために尽くしてくれる者、魅力的な者、楽しい雰囲気の中にいた者は、前記のフロイトの言う我々の願望の二つの類型である名誉心的願望や性的願望による不快を、社会的に正当な手段を探しそれに専念することにより――たとえば勉強に励むなど――いやすことができる、という能力が身についているのである。良い思いをすればするほど、それにかかわった者に感謝し、恩返しをしたいと思い、また、その相手に自分を良く見せかけたいと思うものだ。相手が自分に対して優越したのと同じく、自分も相手に対して優越したいと思う。ステキな相手が前にいれば、自分も負けないくらいステキになろうとするものだ。たとえば騎士道(中世ヨーロッパに起こった騎士特有の気風)などであり、ある程度対等である者同士の間だけで成り立つ。好きな相手には、自分のことを好きになってもらいたいと思う。恰好いい主人公が出てくる映画を見ると、自分がその恰好いい主人公になったような気分で帰ってくるものだ。相手が優れていれば、自分もそれに近づきたいと思う。相手が自分に良くしてくれれば、自分も相手に良くしたくなる。これらの社会的に正当な行為への欲求と実行は、ある緊張感をもたらし、それが我々の根源的欲求による不快を中和してくれるのである。また、これらの良い経験は我々に守るべきもの、気にしなければならないものを作ってしまうのだ。だから、それを失うのが怖くなり、悪いことができなくなる。つまり、我々をより良い子・臆病にしてしまうのである。この恐怖感も、不快を取り除いてくれるのである。

我々はよく「誰かのために」と考えて行動することがある。しかし、実は利己的な欲求をその誰かに関することで満たそうとする行為なのであり、相手を助けたい、喜ばせたい、というのは見せ掛けのものにすぎない。それは相手が魅力的であり、高貴であり、強者である場合にはいっそう強くなる。自分も社会的に正当なことをやり、相手に良く思われたい、相手に対抗したい、自分が相手に感じるのと同じ以上に自分のことを価値ある者と思ってもらいたいという名誉心から起こっている行為なのである。

私が大学で一番になったのも、片親ながら働いて私を大学に入れてくれたおふくろを喜ばしてやりたかったからだ、とはよく言うことだ。しかしよく見ると、そこには、魅力的なおふくろに対抗したいという醜い欲求がひそんでいるのだ。相手をステキだと思えば思うほど、我々は相手にも自分をステキだと思ってもらいたいという欲求(名誉心)が出てくるものだ。これは感謝、恩返しと呼ばれているが、実は利己的な行為なのだ。つまり、ある優越感を自分が認める「価値ある者」を利用して得ようとする行為なのである。自分の優れたところを、自分が認める「価値ある者」に見せつけたいのである。これはナイトクラブで、客が人気のあるホステスを指名し、自慢話に没頭することと同じなのである。

以上のことに関連して、ニーチェは前出の「人間的な、あまりに人間的な」で謎めいたことを言っている。

 

*名誉心は道徳的感情の代用物であること。――道徳的感情は、少しも名誉心をもたないような天性の人々には欠くべからざるものである。名誉心の烈しい人々は道徳的感情なしにでもやっていける、ほとんど同じ成果を収めながら。――それゆえ、名誉心に縁遠いけんそんな家庭の息子たちは、ひとたび道徳的感情を失えば、通例急速に完全なごろつきに成り下がるのである。

 

つまり、我々が「良い子」の行動をするのは、それによって我々の名誉心や道徳的感情が満たされるからであり、ただで善人をやる者などはいないのだ。報酬があるからこそ、良い子でいられるのだ。まったく無条件な非利己的・善良な行為などはないのであって、何かをその行為により得られるからこそ、そんなめんどうくさいことができるのである。社会的に正当なことをやることにより報酬を受け取れるめぐまれた者にだけに、善人を演ずる舞台が用意されるわけであり、そうでない者は、そのような不快の中和手段がないわけであるから、したがって行き場がなくなり「完全なごろつき」に成り下がるしかないというわけだ。

幸せな経験は我々を弱く、優しく、考え深くする。これは守ろうとする気分であり、野生的本能である攻めよう、制覇しよう、破壊しようという気分を抑制する。これは、道徳的・宗教的な気分である。また守るべきものをたくさん背負った者も同様である。良いものをたくさんもつと、それを失うことが怖くなってしまうからだ。幸せな思いをしてこなかった者は、、守るべきものや失うものがなく、従って、この者にとって悪い行為を抑えるという努力の価値は、何もないのである。

また、病人も弱く、優しく、考え深くなる、つまり、善良な者になる。それは自分を守ることに専念しなければならないからだ。一般には、善き行いの代表的なものであると思われている「優しさ」とは、実は不気味なものでよく見るとその中には、我々の策略・姦計がひそんでいる。たいていの場合、優しい行為には自分の優越を確認しようとする実にいやらしい我々の策略がひそんでいるものだが、弱者、たとえば病人の優しさには、自分を守るための策略が見える。これは相手をコントロールするための手段の一つだ。我々は自分に弱いところがあればそれが気になる。どこか痛いところがあれば、その部分の存在を強く感じそれを守ろうとする行動が本能的に始まるのである。それは生存の維持への不安を感じ始めた者の策略であり、自分の生存を維持するということが唯一の目的とされているのである。それは、相手を気づかっているように見せかけているが、実は自分を気づかってくれることを見返りとして要求しているのだ。相手に自分を攻撃しないようにさせ、自分のためになる行為をさせよう、自分の見方にしようとする策略があるわけだ。この優しさという我々の実に「気高い演技」は、あらゆる場面で我々が相手をコントロールする有力な手段として、また、我々が優越感を得るための手段として活用されているのである。

会社などの組織の中で、落ちぶれていく者は優しくなっていく。家族の中に病人が出た者、困り果てた者も優しくなっていく。*前出のニーチェ道徳の系譜」(秋山訳)には『きまじめさは生命力の衰えを示している』とある。失業した者とそうでない者では、同じお金をもっていてもそれに対する考え方は違う。失業した者は残ったお金、もう当面入ってこないお金をどう有効に使おうか、という守りの体制に入っていってしまう。この状態は人を弱くする。別な言葉で言えば、何かを攻撃したいというエネルギーを奪い去ってしまう。この状態は人をきわめて考えさせ、まじめにしてしまい、良い人・優しい人にしてしまう。これらの気づかいは道徳というものを生み出していく土壌となる。また、それらは宗教的な気分でもある。宗教はこのような気分を体系化したものである。組織の中でうまくいかなくなってしまった者は、皆このようなタイプの者になってしまうはずだ。ある程度めぐまれた状態から落ちてゆくとき、人は優しくなっていくのである。しかし、前記のように初めからめぐまれていない場合、人は悪くなってしまうのである。

大病をした者はそれ以後、何をやってもそれ以前のように楽しめなくなってしまうものだ。楽しむことは一つの能力であり、これは生命力の強度や心配事の量と関係しているのだ。一度でも大病や恐ろしい経験をすると、楽しむという能力が低下し、不安・疑い・恐怖などに関して鋭敏になってくるのである(臆病になるということ)。また、たとえば列車の事故にまきこまれて死にそうになった者は、二度とそれに乗らなくなるものだ。昔、「ステレオサウンド」というオーディオ関係の雑誌に次のような記事があった。ハイエンドオーディオ楽しんでいる方であったが、ある大病をしてからというもの、何を聞いてもそれ以前のように感動しなくなってしまったというのだ。また、大病をした者は、他人の気持がよくわかり、思いやりのある優しい人間になるとは、よく言われることであるが、前記のように、単に弱くなって臆病になっただけなのである。自分を守ることで精一杯になった者は、いつもびくびくしているのであり、他人に対して攻撃をしかけ敵を作ろうなどという余力はなく、他人に、自分をできるだけ無欲で善良な者と見せかけ騙すというような、自分の生存を確保するための策略を立てざるを得ないのである。

新撰組の副長であった一八三五年生まれの土方は、残忍なことをしたことで有名だが、「鳥羽伏見の戦い」に敗れた後、落ち目になってしまうと、優しい人間になっていったそうだ。衰退していくに従い、人は優しくなっていくのだ。それは生命力の強度とか社会的な地位・状態が態度に現れているだけであって、けして精神的な成長の問題などではない。土方は肉体的に弱くなったわけではないが、社会的に弱くなった。彼は周りのあらゆる関係の中で弱くなってしまったのである。肉体的・社会的な状態により、それに対応した欲求が生まれ、それが精神をコントロールしているわけである。グリムメルヘンの中にもそれははっきり現れている。強い存在である女性は、実は決して優しくないのであり、きわめて冷酷な判断を下すことが多い。弱者である男性のほうがはるかに優いと言える。しかし、社会的に落ちぶれても強盗や人殺しを続け、けして優しくならない者もいる。このような者は肉体的・精神的に強く(無神経や精神障害者も含まれる)、また、守るべきものや大事なものをもたない者なのであろう。

我々誰もがもつ不快の中和手段を、社会的に正当なものの中に見つけられた者はめぐまれた者で、犯罪とは無縁のものだ。しかしこれは、ストレスによる不快に対する対処の仕方が犯罪者と異なっていただけなのだ。凶悪な犯罪者の一部はこのような不快を、社会的に正当な方法で「抜く」能力を幼年時代に形成できなかった人なのかもしれない。レスラー氏によれば、それは〇~一二歳に形成され、その後では手遅れとなるという。これが形成されないと、精神病者と同じように人格的抑制が発動されないのである。しかし、凶悪な犯罪者のメカニズムをこのように単純化してしまうことには問題もある。*前出のレスラー「FBI心理分析官」で福島氏は『凶悪な犯罪者の空想が普通の人とかけはなれて激しいのは確かである』と言っている。

ここで、幼年期を幸せに送ることのできた者――甘やかされて育てられてしまった者――が授かる能力についての興味深い話を、カール=ハインツ・マレ「子供の発見」(小川真一訳、みすず書房)の最終章「ガチョウ番の少女」から引用してみよう。

 

*ヒロインが受けたような甘やかしの教育にだって、いい所はある。もちろん、このような教育を受けた子供たちは、「路上」のけんかで同じ年恰好の子供たちと戦うこともできない。けんかを挑まれても、彼らはなすすべを知らない。彼らはみんなから弱虫と思われ、利用しつくされ、軽べつされる。そこでこの子供たちは屈辱と敗北を喫する。しかし、このような無能から、将来に関する悲観的な予想を引き出すのは間違いである。またこの無能を理由に、たえず子供たちに文句を言い、彼らのふん起を要求し、期待することも間違いである。多くの小さい「王女」、もしくは何人かの「甘えん坊の少年」の将来の見通しが、他の子供たちに比べ特に暗いわけではない。むしろ逆である。この昔話はそのことを証明している。なぜなら、この昔話の中で最後に目的を果たすのは、利口で、すれっからしの腰元ではなくして、それまで大してパッとしなかった王女であるからだ。

やさしい甘やかしや、親密な親子関係は、子供たちに一つの潜在力を植えつけ、それによって彼らは他の子供たちをしのぐことになる。しかし、この潜在力が発達しきるまでには、かなり長い時間を要し、この力が発揮されるのは、だいぶ後になる。だから成果が現れると、多くの人たちは、「たなからぼたもち」のように思う。一方、かつての優者たちは、往々にしてそれまでの優位を保ちきれず、中ぐらいのところでモタモタするか、さもなければ落伍する。かつての優者たちは、最初の成功から間違った結論を引き出し、自分を過大評価する。

 

甘やかされて育った者はだめだといわれる。しかし、何がだめなのであろうか。甘やかされて幸せに育った者の体には、幼年期に何かが形成されている。これは、前記のレスラー氏の意見と同じである。それがかなり後年になって、肝心なところで効いてきてその者を助けるのである、一方、甘やかされないで、いいかげんに育てられた者は、世の中をうまく生きる手っ取り早い知恵を習得する。苦労や、いやな思いをたくさんしてきたので、当座の困難をしのぐ術には長けているのである。しかし、それらは十分に熟成されたものではなく、場当たり的な知恵なのである。真の天才はその才能を生涯にわたりゆっくり伸ばしていくという。金をかけたものは使っていてそれだけのことがあるものだ。安く済ませたものは、長期的に見て高価なものにはかなわない。手っ取り早く知恵をつけたすれっからしは、十分に養分をとって育った者に、大きな、そして長期的な問題においてとてもかなわない。この考えは、レスラー氏が連続殺人犯の調査から導き出した考えと一致している。つまり、幼年期の幸福な生活は、甘やかしも含めて後年、その者を大きく助けることになるのだ。

*「ニーチェ全集」(白水社)の中のどこかに、『天才は、労作家である』というのがあった。これも前記の考えと一致するのである。たとえばモーツァルトベートーヴェンニーチェなどがそうであるとはよく言われることである。天才はいつもあることについて考え続け、考え尽くしている。いきなりある発想が出てきたわけではない。他の者がいろいろなことに気をとられているとき、彼らはある一つのことについて考え尽くしていたのだ――というより「思想の到来を待っていた」と言うのがより正確だ。というのは、彼らにもどのように良いアイデアが産み出されたのかがわからないからだ。良いアイデアはどこからか到来した、と言われる。良いアイデアは無意識、あるいはどこか自分以外のところで作られたものであると考えられるのである。これを「彼の活動」の中に入れてよいのなら、彼はこのアイデアを出すために見た目よりはるかに膨大な思考活動をしていたことになる。このアイデアが出されたとき、周りの者たちはそれが一瞬で生みだされたものだと錯覚してしまう。たいていの者がその問題について無関心でいたのに対して、彼はそのことについて長く考え続け、その労作を世に送り出す機会が到来したとき、その結果を何気なく出したというわけだ。すると、周りの者は彼がそれについてそんなに考えていたことを知らないので、彼がその場において一瞬で思いついたものとしてしまい感心するのである。しかし、彼はそれに長い間養分を与え、ゆっくり熟成させてきたというわけだ。

凶悪犯罪者は生まれつき他の者より悪い欲望をもっている場合もある。しかし、それを抑制する能力も普通の者より弱いのである。前記のように、レスラー氏によればこの能力は〇~一二歳に形成され、〇~七歳で母、八~一二歳では父親の影響が大きいという。この時期を幸福に過ごせた者には、あらゆる不快を社会的に正当な手段で中和する能力が授けられるのだ。この能力が欠落してしまった場合、健全な手段で中和できない不快は溜まるばかりになり――だから凶悪な犯罪者はふだん静かで、目だった行動をしないことが多い。だから、あんな静かな人が何でそんなことを、と言われるのである――、異常な想像が多くなり、マスターベーションも多くなる。そして、ついに破裂する。溜まったものは必ず抜かなければならない。犯罪という手段でしか彼の不快は中和することができないのである。

健全な者は、前記フロイトの指摘している名誉心的、性的な欲求をうまく処理する能力をもっている。それに対処するために健全な手段を見つけ出し、それに専念することができる。この能力は前記のように幸福な幼年期に形成される。レスラー氏によれば、幸福な環境は必ず何かを達成するための刺激や、それを奨励する雰囲気をもっているため、ものごとをやり抜く性格も形成される。さらにレスラー氏は前出の著書で次のようにも言っている。

 

*人と好ましい関係を築き、それを維持し、発展させる能力は子供の時に芽生え、一〇~一二歳で間に強化される。しかし、この能力が身につかないまま思春期を迎えてしまうと、もはや手遅れだ。その結果として現れる行動は殺人やレイプとはかぎらないが、人格的欠陥を示す他の行為が見られる。不幸な子供時代を過ごして深い傷を負った人は、その後完全に正常な人生を歩むことはできない。彼らはアル中の母親や暴力をふるう父親となって再びすさんだ家庭環境をつくり、そこで育つ子供を犯罪へと駆り立てることになる。

 

*殺人犯は貧しい崩壊家庭で育っているというのが通説だが、私たちの調査はこれが事実でないことを示している。殺人犯の多くは、安定した収入のある、さほど貧しくない家庭で育っている。半数以上の家庭では、最初は両親が揃っていた。

三十六人のうち七人はIQが九〇以下だったが、大半はふつうで、一一人はIQ一二〇以上という高い知能の持ち主だった。

しかし彼らの家庭は外からは正常に見えても、実際には問題を抱えていた。面接した殺人犯の半数は家庭に精神病患者がおり、別の半数は両親に犯罪歴があった。七〇パーセント近くの家族にはアルコール、あるいは麻薬の常用者がいた。そして全員――人残らず――子供ときにははなはだしい精神的虐待を受けていた。彼らは成長すると、精神科医の言う、「性機能障害者」になった。つまり、他人と合意にもとづく成熟した関係を持つことができないのだ。

 

二〇〇五年一一月にはマンションなどの建物についての強度計算偽装事件が報じられた。建築費用と工期を減らすために、建物の構造を弱くしてしまうのだ。そして、その強度計算はそれらを隠すように偽装され、問題はないかのような結果を出してしまう。しかし、この問題が発覚したため、その強度計算をしたA元一級建築士が関係したマンション、ホテルは使用できなくなり、多くの人が路頭に迷った。

この強度計算をしたA氏はどうしてこんなことをしてしまったのだろうか。この問題の答えは、前記の考察から出てくるのである。A氏は頭の良い人であったが家の事情で大学にいけなかった。工業高校を卒業し、設計事務所に勤務しながら、やっと一級建築士の資格をとった。そして設計事務所を開いた。しかし、仕事をとるのに苦労した。それで依頼主が大きな利益を上げられるような仕事をすることで何とか仕事量を減らさないようにした。つまり、工期と材料費を減らすための設計(鉄筋を少なくするなど)に対して、強度判定がOKとなるように強度計算をごまかすのである。彼は国会の証人喚問において、偽装は依頼主に強要されたためであり、生活のために、また妻が病気で入院していてお金が必要であったことなどから避けられなかった、と述べ、涙を浮かべていた。このいかにも誠実そうな発言は当時(二〇〇六年の初め)、「確かなことを言っているのは彼だけだ」という評判を勝ち得た。しかし、それは嘘であり、彼の作り話と演出が世間を魅了してしまったのであった。この発言を依頼主である建設会社の東京支店長がVTRで聞きながら、「こんな奴だとは思わなかった、誰も信用できなくなった」としみじみ言っていたが、これは本当のことであろう。つまりこの支店長は、A氏の言っているようなことは本当に強要していなかったのであり、A氏が進んでやったことは確かなのである。A氏はその頃、高額の外車を購入していたし、愛人にお金を貢いでいたのだ。彼のこの誠実さの演出は、有能な詐欺師の常套手段なのである。彼をこのような悪の道に進ませたものは、収入に対する不安だけではない。それはこの章で問題にしているものだ。あまりに苦労して現在の地位に至った彼は、養分を十分に吸収しながら順調に進んできた幸せな者とは違う体(頭)となってしまっていたのである。

若い時に良い思い出がなく、養分をいっぱい吸い込めず、我慢ばかりしていた彼は、不快なこと、障害的なこと、困ったことが起こったとき、その中和・回避・対処の手段として、正常な者が選択することを避けるような犯罪行為をなんの抵抗もなく実行できる体になってしまっていたのである。これは凶悪な犯罪を繰り返す者と同じである。「もしやってしまったならとんでもないことになる」という恐怖が少なく、「まあいいや」くらいに安易に考えて、たいして迷わず、むしろ進んでやってしまうし、それに快(スリル)さえも感じてしまうのである。彼にとってはおもしろい冒険(ゲーム)くらいにしか思えなかったのだろう。これは殺人を《楽しむ》無神経で粗暴な犯罪者――拉致した被害者の首をかき切り、それをビデオに撮り世界に公開しようとするアルカイダ機構も同じだ――と同じ心理である。不幸な体験は、我々を鈍感・粗暴・野生的にしてしまうのである。若いときに十分養分をとれなかった彼は、後にそれを別な手段――通常の者がためらうような――で埋め合わせようとするのだ。彼の体はそのようになってしまっていたのであり、彼にもどうしようもないことなのだ。彼の行為の責任は彼にあるのだが、彼がこうなってしまったことの責任は彼にないことは確かである。彼にはちゃんとしたことをやろうという根気もないのである。まったく無意識のうちに次々に悪事を犯してしまう。不幸な体験がいかに我々を悪く――正確に言えば粗暴・野生的――するか、ということをよく示している。

A元一級建築士の妻は二〇〇六年三月二八日に(私がこの部分をパソコンに打ち込んでいたちょうどその日に)、家の近くのマンションから飛び降り、自殺してしまった。なんとも恐ろしいことであって、私はこれ以上何も言えない。彼も、彼の妻もかわいそうな被害者であることは確かなことである。彼はその後、自宅も外車も売り払い、ホテルで暮らしているらしい。

ここでまた、前出のレスラー氏の「FBI心理分析官」から関連の部分を引用してみよう。

 

*家庭的に恵まれなかった子供がみな、成長してから殺人などの凶悪な罪を犯すわけではない。その理由の一つは、大半の子供が子供時代の次の段階である思春期直前に、力強い手によって救われるからだ。しかし、私たちの調査対象者は、おぼれるところを救われるどころではなかった。むしろ、この時期にさらに水中深く頭をつっこまれたのだ。八歳から一二歳ごろまでに、それ以前にすでに見られた好ましくない傾向がさらに悪化し、目立ってきている。男の子に父親が本当に必要なのはこの時期だが、彼らの半数はちょうどこのころになんらかのかたちで父親を失っていた。・・・殺人犯は八歳から一二歳の間に、孤独を経験する。そのことが彼らの精神構造にきわめて重大な影響を及ぼす。彼らを孤独に陥らせる要因はいろいろあるが、最も大きなものの一つは、父親の不在だ。この時期の男の子は父親、または父親に代わる人が身近にいないと、同年齢の他の子供たちに対して、肩身の狭い思いをする。そこで友達や父親の存在が必要な状況を避けるようになる。思春期直前期の性的活動は他の人とのかかわりの中で求めるのではなく、自体愛的なかたちをとる。私たちが調査した殺人犯の四分の三は、思春期直前期に自体愛的な性的活動を始めている。半数は一二歳から一四歳の間に女性をレイプすることを空想したと語っており、八割以上がポルノを見たり、フェテシズムやのぞき行為によって性的快感を得たと報告している。言うまでもなく、父親のいない家庭で育った男の子がみな社会病質者になるわけではない。だが社会病質者になる男たちにとっては、八歳から一二歳という年齢が非常に重要だ。調査によると、彼らの異常な行動はこの時期に始まっている場合が多い。

ポジティブな人間関係を築くためには社会的な技術が必要であり、これは性的な技術に先立つものだ。しかし精神的なダメージを受けた男の子は、思春期になってもこの技術を身につけることができない。独りでいることが多いからといって、殺人犯が内向的で内気とはかぎらない。社交的で話好きな者もいる。だがそれは表向きの顔で、心の中に孤独を抱えているのだ。ふつうの若者がダンスをしたりパーティーに行ったりする時期に、彼らは自分の殻に閉じこもり、異常な空想にふけるようになる。空想はもっと健康的な、人間とのつきあいに代わるものだ。そうした空想に依存すればするほど、社会的に受け入れられている価値観から離れていく。

 

以上のことは、男性のみにあてはまることであって、女性ではこのようなことはないと思われる。不安定で神経質で弱々しい男性に比べて、女性がきわめて安定、頑強であることがわかる。わたしのおふくろなどは、八歳で母親が死んで、間もなく父親が酒に溺れて家の中がめちゃくちゃになり、小学校のとき知り合いの家にあずけられた。そして、小学校も卒業していない。しかし、人間関係は良好で友だちが多かった。幼年時代の不幸がその後にまったく影響していないのであり、これは女性が男性と違うところであり、男性に比べて強靭であるということだ。

 

第四節 関連した話題

二〇〇四年に報じられた韓国での連続殺人事件である。ユ・ヨンチョルとい男性が三〇人以上の女性を殺害した。彼はレスラー氏が説明している凶悪な犯罪者とまったく同じに、きわめて不幸な幼年期を送った。父にいじめぬかれて、いつもびくびくして生きていたそうだ。さらに悪いことは続くもので、絵の技術は優秀であり、この方向に進もうと思ったのに、なんと色盲であるがためにこの世界からも門前払いをくわされてしまったのであった。つまり、彼は自分の不快を中和できるであろうと思った唯一とも言える道からも追い出されてしまったのであった。これで彼には、彼をいやしてくれることになる専念できる社会的に正当な道がなくなったと見えたのである。幼年期に養分をたくさんとれなかった彼には、さらなる正当な道を探す根気がなかった。彼にはもう専念できるもの、守るもの、大事なものがなかった。ついに、彼は彼に残された不快中和手段により、彼に溜まりに溜まった不快を抜かねばならぬときがきた。無差別な報復が始まり、これはテロと言ってもいい。相手は全て女性だった。なぜ女性だったのか、それはかってな理由がとってつけられていた。しかし本当のところは、バタイユ・レスラー・マレの各氏が言っているように、我々にとっては、特に凶悪な犯罪者にならなければならなかった者には、性的なものと暴力と死が結びついているからであろう。三〇人以上の自分と同じくらい不幸な女性(娼婦)を殺してしまったのだ。不幸なものが不幸なものを痛めつけることによって、不快をまぎらわせようとするのである。毒は解毒しなければならない。放っておけばなくなるという種類のものではないのである。成功者と犯罪者は、不快を中和する手段が違っていただけなのである。不快の絶頂という断崖絶壁に追い詰められた者は、とにかく不快を中和しなければならない。正当な手段が拒絶されれば別な悪い方向に進むしかない。火事になった高層建造物の窓から人が飛び降りるのと同じだ。飛び降りたら大変なことになるのだが、そこにいることもできないのである。

二〇〇四年末に、奈良市で起こった誘拐殺人事件で、わいせつ目的で誘拐や殺人などの八つの罪に問われたK容疑者は、母親を子供のとき亡くした。それまでは明るい子供だったそうだが、それ以来暗くなり、友達もできなくなってしまったという。そしてポルノビデオをきっかけに、女児に対する性的な関心が深まっていったという。母親が亡くなって、社会的に正当な方向での不快の中和手段を見つけられなくなり、また友達との交流による楽しみを感じる精神状態でなくなってしまった彼は、悪い方向に進むしかなかったのだ。社会的に正当な方向で中和できなくなった不快を、最後に引き受け、処理してくれるのは、前記のように性的なもの・暴力・死の結びつきなのである。

前出のマレ氏の著書「首をはねろ!」から、関連したところを引用してみよう。これはグリムメルヘンの「ネズの木の話」の解釈の章である。母親が継息子の首をりんごの入った箱のふたで切って殺してしまうという話である。その原因をマレ氏は次のように分析している。

 

*この夫の行動方式を徹底的に観察することはいっさい不要だ。彼の思いやりのないエゴイズムは暴力とも無関係である。欲望を感じ、かつエンジョイする人間はすべて平和である。

これに反して妻は欲望やセックスに反対する何百年来のプロパガンダ、つまり、男より明らかに女を目標としたプロパガンダの犠牲であるといえよう。寝室において妻がよろこびの声を発することは現代でも、方々の国でとんでもないこととされている。このような抑制の根源は遠く神話や宗教にまでさかのぼり、キリスト教より古い。もっともこのような抑制をきわめてはっきり表現したのはキリスト教である。アウグスティヌス(アウレリウス、三五四―四三〇)にとっては、食事の楽しみすら不純であり、自然にそむくものである(「告白」)。しかし欲望を敵視する倫理はとりわけ女性に適応された――結婚前はもちろんのこと、結婚してからでも、女性はしとやかさと純潔を保たなければならなかったし、夫婦のベッドは常に清潔にし、もちろん欲情によるしみなどがあってはならなかった。パウロはこのことをきわめてはっきりと説明している(テトスへの手紙、二・五、ヘブライ人への手紙、一三・四)し、また国中のいたる所で、欲情に対する反感が語られ、欲情のために夫婦の義務を行った者は罪人とされた。このような欲情を敵視するプロパガンダには、もちろん大きな影響力があった。このメルヘンの中の女房も明らかにこの影響を受けており、自衛と抑圧が恐ろしい暴力衝動に通じることを、身をもって示している。

 

ここで、この文章の初めのほうの「この夫の行動・・・平和である」は、欲望を抑圧する必要がなくそれを満たす手段をもつ者には不快が溜まらない、不快の中和手段をもつ者はいつでも快活でいられる、ということだ。それに対して、欲望を満たすための手段を禁止されていたり、もっていなかったりすると恐ろしい暴力衝動に通じていくということだ。これは凶悪な犯罪者やテロリストに言えることだ。彼らは、欲望やストレスによる不快を遂次中和する手段を運命・宗教により完全に禁止されているのである。ふだんは良い人、静かな人に見える者は、ある時、恐るべき行動に出ることがある。暴れん坊やいたずら者は、凶悪な犯罪とは無縁なのだ。しょっちゅう他人に怒っている者は、どんなときでも快活でいられるのである。

*読売新聞(二〇〇七年四月一九日)によると、二〇〇七年四月一七日、米国バージニア工科大学で起こった銃乱射事件で、韓国系の学生チョ・スンヒ容疑者は、大学内で三二人の学生と教授を射殺し、自分も自殺した。彼は、大学の講義の受講票の名前の欄に、「?」を記入し、授業の課題として書いた自作の脚本は暴力と憎悪に満ちあふれていた。個人授業を試みた女性教授もいたが、サングラスをかけ、野球帽を目深にかぶったままの容疑者と意思疎通はできなかった。不気味さを感じた教授は、警備担当者に連絡できるようにしていた。またTVの報道によれば、彼は小さいときから貧しく、大学でも友だちもいなく孤独であったそうだ。彼は、金持ちの同級生に対し憎悪を示していて、そのことが犯行中にTV局に送りつけられたビデオで語られていて、それが今回の事件の原因であると見る者もいる。しかし私が思うに、本当の原因は、彼の精神が単に病んでいた、ということだ。前記の彼の振る舞いは、明らかに大きな欲求不満を抱え、それを発散する(中和する)健全な方法をもたない者の特徴的な行為だ。彼は、人間誰にもある不快を中和する社会的に正当な手段をもっていなかったのである。彼にはたぶん、熱中できる趣味、友だち、ガールフレンドなどがなかったのだ。だから不快が溜まり、そして破裂した、というわけだ。彼は、溜まる不快を中和するための健康的な手段を見つけられないので、ついに敵をつくり、それをののしることにより、苦しさに対処しなければならなかったのであった。それは、何でもいいのであって適当なものが選ばれた。彼は、金持ちの学生を敵にすることにした。彼は、金持ちの学生をののしるという快感を味わいながら、金持ちかどうかわからない三二人の者に報復しなければならなかった。つまり、彼らに報復した理由は便宜上のもの(根本的なものではなく、間に合わせ的なもの)であり、誰でも何でもよかったわけだ。彼は、報復する相手を必用としていたわけだ。相手が自分に危害を加えたから報復したのではなく、報復するがために適当な相手を見つけなければならなかったのである。これはテロ活動と同じだ。昔、祝祭や公開処刑で、あるいは戦争で敵を敗北させたとき、罪人や捕虜を恐ろしく残忍な方法で殺し、王侯貴族や民衆や兵士がうさをはらしていたように、よき趣味や社会的に正当なものに没頭する才能をもてなかった彼のうさばらしには、多くの犠牲者と自分の命が必要だったというわけだ。

ちなみに私はというと、小さいときから変人で魅力がなかったので、人間関係はうまくいかなく、いじめられ、孤独であったのであるが、私によくしてくれたおやじ、おふくろと、趣味に熱中することのできる性質のおかげで、実に健康的な生活を送ることができたのである。ここで、前出のレスラー氏の「FBI心理分析官」から、関係あるところをいくつか引用しよう。

 

*殺人の引き金になる出来事の多くは、職を失う、恋人と別れる、金に困るといった、だれにでも日常的に起こる類のものだ。ふつうの人はさまざまな方法でそれに対処する。ところが殺人犯の場合は、そうしたストレスに対処するための精神的メカニズムに欠陥がある。職を失うといった深刻な事態に直面すると、彼らは自分の中に引きこもってしまい、そのことだけしか考えない、そしてそれを解決する方法として、空想に頼る。したがって、たとえば恋人と別れた男は仕事が散漫になり、その結果首になる。収入も慰めも失った男は、以前なら対処できたはずのさまざまな困難な問題に直面して、動きがとれなくなる。犯罪のきっかけとなるストレスは、いわば限界を超す最後の重荷なのだ。

 

*二回目の犯行からは、最初の犯行のときのようなきっかけは必ずしも必要ない。いったん一線を越えると、殺人犯は意識的に将来の計画を立てることが多い。最初の犯行には、たまたま起こった事件という性格がある。しかし次の犯行では、犯人はもっと念入りに被害者を捜し、より手際よく被害者を殺害する。暴力の度合いもエスカレートする。愛情のない家庭に育った孤独な少年は、こうして連続殺人犯へと変身していくのだ。

 

*無秩序型犯罪者は、育つ過程で心の痛みや怒り、恐怖などを心の中に閉じ込める。ふつうの人も社会の中で生きていくために、こうした感情をある程度おさえるが、無秩序型犯罪者の場合は内面化の程度がはるかに強い。彼はうっぷんを晴らすことができず、自分の感情を発散させるための言語的、身体的能力も持ち合わせていない。自分の胸の内の鬱屈した感情についてカウンセラーにうまく話すことができないので、カウンセリングを受けてもあまり効果がない。

 

*彼ら(殺人犯)のエネルギーはもっぱらネガティブな方向に向けられた。学校ではつねに破壊的な行動を示すか、自分の中に引きこもり、おとなしく目立たない生徒でいるかのどちらかだった。

 

*「サムの息子」ことディヴィッド・バーコウィッツには、一九七九年半ばに三回に渡って面接した。バーコウィッツはニューヨークで一年間に六人を殺害し、さらに六人に重症を負わせた。大半の被害者は、公園などの小道にとめた車の中にいるところを撃たれていた。・・・彼は殺人を始める前に、ニューヨークで少なくとも一四八八件の放火を犯している。これは驚異的な数字だが、彼が日記につけていたためにそれが判明した。また、彼は数百回にわたっていたずらで火災報知機を鳴らしている。・・・適当な被害者や状況が見つからなかったときは車で以前の犯行現場へ戻り、自分が人を殺した場所にいることに満足を感じたという。地面に血痕や、死体の位置を示すチョークの印が残っているのを見ることは、彼にとってはエロティックな経験だった。彼は車の中に座って犯行を思い出させるこうしたものを見ながら、マスターベーションをした。

*バーコウィッツがごくさりげなく口にしたこのことは、警察にとってきわめて重要な情報だった。殺人犯が犯行現場に戻るというのは事実なのだ。将来、犯人を逮捕するのにその情報を利用することができる。さらにこの事実から別のこともわかった。犯人が現場に戻るのは罪悪感からというのが、精神科医や精神医学の専門家によるこれまでの解釈だった。だが実際はそうではなく、殺人にからむ性的な要素のためだった。犯人が現場に戻ることは、シャーロック・ホームズエルキュール・ポアロやサム・スペードが考えもしなかった意味があったのだ。私にとってこの事実はさらに別なことも意味した。私はかねてから、殺人犯の異常な行動は、ある意味では正常な行動の延長に過ぎないと考えている。年頃の娘を持つ親はだれでも、十代の男の子が何度も家の前を行ったり来たりするのに気づいたことがあるだろう。自転車や車で通り過ぎることもある。あるいは娘のそばをうろついて、目立つような行動をとる。つまり犯人が現場をうろつくのは、彼の性格が順調に発育せず不健全であるためで、本来正常な行動が異常なものになったのだ。

 

*バーコウィッツは、思春期にセックスと暴力が結びついた空想を抱くようになった、と打ち明けた。ふつうのエロティックなテーマに破壊や殺人などの要素が混じっていた。もっと幼い六、七歳のときでさえ、彼は養母が飼っていた魚の水槽にアンモニアを入れて魚を殺したり、魚をピンで突き刺したりしたのをおぼえているという。養母のペットの小鳥をねこいらずで殺したこともある。小鳥がゆっくり死ぬところや、養母が悲しむのを見ることに喜びをおぼえた。ネズミや蛾のような小動物をいじめることもあった。こうしたことはすべて、他の生き物を支配したいという要求の表れだ。バーコウィッツはまた、飛行機を空中で衝突させ炎上させるという空想にふけったこともあった。実際に飛行機に手出ししたことはないが、放火はこの空想の延長上にある。放火犯は、自分が火事というすさまじい、エキサイティングな状況をつくりだしたことに満足をおぼえる。マッチをするだけで、ふつうはコントロールできない出来事をコントロールできるのだ。火が燃えさかり、消防車がサイレンを響かせて到着し、人が群がる。そして物や、ときには人の命が失われる。バーコウィッツは炎上している建物の中から死体が運び出されるのを見るのが大好きだった。放火は、究極的に人をコントロールする殺人という行為に移行する前の、予備的行為だった。自分が犯した最新の殺人と、それが巻き起こしている恐怖についての報道をテレビで見ることに、彼は無上の喜びを感じた。

 

我々は誰でも近所で火事が起これば、家族揃ってわくわくしながら見に行くものだ。火事を見に行ったことのない者がいるだろうか。前記のバーコウィッツの放火はその延長上にあると言える。つまり、バーコウィッツの行為はそんなに意外な行為ではないのであり、我々の身近にあるものなのである。

二〇〇五年のプロ野球日本シリーズで千葉・ロッテ・マリンズは優勝した。長年低迷していたこの球団をアメリカ人のバレンタイン氏が優勝に導いたのだ。彼は一九九四年にもロッテの監督になり、リーグ二位までチームを引き上げたが上司とうまくいかず退団したのだった。ここで余談だが、この上司は日本的な硬さときまじめさがあり、さらにいじわるな性格であって、バレンタイン氏の自由で、ユーモアあふれ、高度な軽さのある感覚とは相容れないことはよくわかる。しかし再び呼ばれ、今回の優勝となった。彼にはいじわるなところが一切ない。それは不快の中和手段を、いじわるという方向以外のもっとエレガントで独創的で高級な方向へと向けることができる能力をもっているのである。いじめは不快の中和手段の中でも最も低級なものの一つである。選手をいじめることでなく、もっと別な手段で彼のもつ欲求を満たし、不快を中和することができるのである。日本の野球のように固定観念の中だけで動くのではなくして、自由で、勝手気ままで、でたらめで、いいかげんで、おもしろい作戦を立てるということが、彼の不快中和手段となるのである。これは二〇〇六年の日本シリーズで、中日を四勝一敗で圧倒し優勝した日本ハムを率いた――本当に率いたのはヒルマン監督だが――日本人離れした感覚をもった、あまりにも快活な「シンジョウ」選手にも言えることだ。

 

第四章 いじめられる者について

――いじめられる者はいじめられるようになっていた、というしかない――

 

第一節 はじめに

以上のことから、我々は誰でも何らかの不快を中和せんがために他人を苦悩させたいと望む性質があることがわかった。相手から被った不快や、その相手とはまったく関係がない不快を、ある者に暴力を振るう、困らせる、恥をかかせる、つまり苦悩させることにより中和しようとする。たとえば外での不快を、家族をいじめることによりまぎらわそうとするのである。その者の不快にまったく関係がないのに、不快中和のためにえじきにされてしまう者がいるのである。

残る問題は、どのような者がいじめの対象にされるかである。この回答は実に簡単である。つまり、いじめられる者はいじめられるようになっていた、いじめる者はいじめるようになっていた、つまり、いじめる者といじめられる者の関係(構造)がある、ということだ。「いじめられる者」は、「いじめる者」が存在していたからこそ《いじめられた》のであり、「いじめる者」は、「いじめられる者」が存在していたからこそ《いじめた》のである。この自然界の構造は、我々にコントロールできるものではない。相手と自分との強弱関係という構造を、誰もが正確に嗅ぎつけることができる。しかし、我々のこの判断の根拠を我々の意識は知らない。それは我々の意識の立ち入れないところ(我々がけして知ることのできない宇宙のメカニズム)で判断され我々の意識に届けられると言うしかないであり、つまり、このことを科学的に解明することは不可能なのである。いじめる者やいじめられる者は、「正常」から当人の努力不足で外れてしまった、というのではなくして、生まれながらに「その位置に居た」のであり、たぶん一生にわたり「その軌道」から逃れられない、ということだ。本章ではこの考え方により、「いじめられる者」について詳細に検討していくことにする。

二〇〇六年の一一月に、NHKのラジオニュースで報じられた京都大学のアンケート調査では、他人をいじめたことのある者の多くがいじめられた経験ももつ、という興味深い結果を出していた。しかし、この「いじめらた」ということが、いったいどのレベルなのかが問題である。他人をハイレベルでいじめたことのある者が、このアンケートで自分もいじめられたと答えた場合、そのレベルは絶対自殺したくなるようなハイレベルのものではなく、少しからかわれた程度であることは確かなことである。相手に極度の魅力を感じたとき、我々は大きな不快(たとえばエロティックな欲望)を感じるのであり、それを中和するために行なわれる「相手を困らせるような行為(からかう)」は、相手にとっては名誉なことであって、ここで問題にされているような「いじめ」の対極にあるものだ。しかし、これも「いじめられた」と回答されてしまうのである。自殺しなければならないほどいじめられた経験のある者が思い浮かべる「いじめられた」という感覚は、そんな経験のない者にはけして思い浮かべられないものであり、けして教えることはできない。アンケートの結果には、当人にとって名誉となる「からかわれた」から、自殺に追い込まれる程度の深刻ないじめまでが、同じ「いじめられた」という回答で出てくるのである。この「いじめられた」という回答の意味は、実に多くの内容が含まれるのであって、つまり、まったく意味のない結果なのである。このような問題に関しては、アンケート調査などはまったく役に立たないだろう。人間各自の固有で内的な問題は、他人に伝えようがない。これらの問題を科学的・客観的に整理しようとすることはあまりにも軽率なのである。

二〇〇七年六月には、T相撲部屋で入門二ヶ月の若い力士が死亡した。兄弟子のいじめに恐怖し逃げ出したが、連れ戻され、夕食の時、T親方にビール瓶で一〇回殴られ、彼の命令で縛り付けられ、殴るなどの暴行を受けたそうだ。このとき、T親方は兄弟子たちに「おい、まだ顔がはれ上がっていないじゃないか、もっとまじめにしっかり殴れ」と指示していたそうだ。そして翌日のけいこの後、見物客の帰った後にもT親方の残忍性は炸裂した。異例な三〇分にわたるぶつかりけいこでも、目撃者によれば、倒れるたびに兄弟子たちにおもいっきり蹴られ、「ギャー」という悲鳴が聞こえたそうである。彼はその後まもなく死亡してしまったという。死因はそれらのリンチによるものらしい。死体は顔がはれ上がり、鼻が折れ、歯が折れ、全身があざだらけで、耳が切れていて悲惨なものであったという。彼に対して親方と部屋の兄弟子は、なぜこのようなひどいことをしたのだろうか? これは彼らの心の底にうずく欲求、つまり「残忍性」による欲求を満たす絶好の機会だったのである。我々はエロティックなものに強力に引かれるのと同じくらいに、残酷な行為に引かれるのだ。大義名分を得たT親方と親方から大義名分を得た三人の兄弟子たちは、普段はやりたくてもなかなかできない残忍な行為を思う存分楽しんだのであろう!

しかしこの事件は、我々の残忍性だけでかたづけられない。たぶんこのように虐待されない力士も多数いるのだ。彼は他の力士たちに比べ、いじめられやすい性質があったということだ。つまり我々の残忍な本能は、「いじめるのにふさわしい者」しかいじめないのである。相撲部屋において生き残るためには、「兄弟子や親方がいじめたくならない」という性質をもつことが絶対必要なのである。これはあらゆる世界で生き残る、さらには出世するために必用なことだ。人によってこの程度は大きく異なり、才能があってもいじめによって挫折してしまう者が多いのである。会社などの組織において、有能な者であっても上司にいじめられ左遷されてしまい、その能力を発揮できない者が多いのである。組織の中で出世し続ける者は、周りの者に好感をもたれ――特に上司に――、けして悪質ないじめを受けることはないようになっていた、と断言できる。横綱になる者もいれば、入門二ヶ月で殺されてしまう者もいる。横綱大関になれた者に、上記のような殺人的ないじめを受けた者が、一人でもいただろうか? 歴代の横綱たちの一人でもこのような殺人的ないじめを受けたことがあるだろうか? これはいじめの問題に関する重要な資料となる。たぶん彼らはそのような災難に見舞われなかった幸運な者なのである。上記のようにひどくいじめられ続けていたならば、相撲に専念できるわけはなく、これではとても横綱などにはなれない。

ある者だけがどうしていじめられるのか? 現実を見ればわかるがいじめられる者は「いじめられる才能」をもつ者なのだ、と言うことが的を射ている。これはいじめられた者しかわからない。この興味深い問題、「いじめられやすさの問題」が本章のテーマである。。

T親方は解雇され、二〇〇八年二月七日、虐待に加わった三人の兄弟子と共に逮捕された。彼にとって自分の欲求不満(不快)を満たすことは、万引き・麻薬・冒険などと同じように大きな危険を伴っていたということだ。そういう意味で彼は冒険家であったのである。二〇〇八年三月六日、三人の兄弟子は裁判が終わるまで出場停止とされ、有罪になれば解雇とされることになった。

いじめの問題は軽く見られており、学者などにはあまり相手にされず、いままであまりまじめに考えられたことのないテーマである。しかし、いじめは弱者を悩ます最大の問題なのである。いじめがなければ、我々は誰でもある程度幸せであることができたのかもしれない。しかし、いじめが弱者をめちゃくちゃにしてしまうのである。それは太古から我々の中に存在し続け、ある種の人間(ユダヤ人など)、つまり、「いじめられるために存在するような人間」を苦しめるのである。そして実に不道徳的な発言ではあるが、いじめる側の者には、そのような者をいじめることにより、「最高の快楽がもたらされる」という効用があるのである。

では、誰がいじめられるのであろうか。いじめは常に不快の中和のために行われる。どのような者がそのために利用されるのであろうか。いじめる者といじめられる者は、生まれた後の行動により決まっていくのではなく、生まれたときからすでに決まってしまっているのである。我々はどう考えるかどう選択するかは、自由であると思っているが、趣味・嗜好・考え方のスタイルは、我々が選んで生まれてくるわけにはいかない。判断・行動などは、この我々の選択できないことに完全に制約されているのである。また、顔つき・体形・健康なども自分では選ぶことができない。つまり、自分の全てはどこかで決められ、到来するのである。そして、これらのその者の固有なものが二人の人生を完全に決定するのである。一人は、強い者、相手を威嚇でき、あるときは相手をいじめ、そして誰にも敬意を表され愛される者として、そしてもう一人は、弱い者、つねにいじめられる危険にさらされ、悲惨な生涯を義務付けられる者としての軌道が用意されているのである。

この宿命論的な考えに不快を感じる者も多いだろうが、二〇世紀の思想は、このような我々の各人の固有な軌道に乗ってしまったどうしようもない現実を問題にしている。宿命的にというのではなく、我々の意識が関与できない宇宙のメカニズムが、我々の知らないところで動いている――それは、我々人間の思考形態のひとつである科学などによって解明することは、原理的に不可能である――、ということに知識人たちは気がつき始めたのである。我々は中世の宗教的な見方から近世の科学的な見方に移り期待したのであるが、科学もその大きな期待に応え得るものではない――宗教よりはるかに多くの実績を残すことができたが――、ということに気がつきだしたのである。宗教にあいそをつかして科学に逃げ込んだが、そこでも満足することができず、またさまよいだしたのであり、また宗教に異常接近するかのような思想や「マーフィーの法則」に逃げこむのである。結局、我々にとって宇宙は永遠に謎であるということだ。

 

第二節 グリムメルヘンにおけるいじめ

グリム兄弟によって集められたドイツの昔話、グリムメルヘンの中には、虐待やいじめ、そしてその復讐をテーマにした物語が多くある。これらの物語の中では、いじめる者、いじめられる者、あるいは、敬愛される者は初めから決まっている。物語を読むことで各人がどうしてそのようなことをするのか、されるのかはわからない。誰もが自分では変更できない軌道に乗っているということが暗に示されているのである。グリムメルヘンの魅力はこのへんにもある。余計なことは一切省かれているのである。ある者は主人にその行動に関係なくかわいがられるが、ある者は憎まれたり、ばかにされたり、あげくの果てには目をくりぬかれたり、首を切り落とされたりする。物語を読む者には、それがどうしてだかわからない。しかし、作者はこの不気味で恐ろしい定め(我々の関与できない宇宙の法則)を本能的にわかっていたのである。作者の意識はそれを説明はできないだろうけれども、その法則はどこからか作者に告げられたのである。グリムメルヘンは、我々が意識はしていないが誰もがもっている恐るべき我々の行動方式の宝庫なのであり、作り物の「理性」ではなく、我々の恐ろしく不気味な本能が淡々と語られていくのである。そこには道徳・宗教の臭いは一切なく、どう猛な人間獣の現象だけが淡々と語られるのである。

話の中では、いじめる者、いじめられる者、いじめられない者がはっきり分けられている。話は細かいところはいっさい飛ばされ進んでいく。三つの種類の人間の必然的な運命が次々に示されていく。昔の人がいかにこの各人のどうしようもない定めを感じ、興味を示していたかがわかる。グリムメルヘン作者――多くの人が語り継いできたものだから、作者は多くの人たちだろう――はドイツの人であるから、ふだんはキリスト教の厳格な教えに従って貞淑に生きていたのであろうが、それに従いきれない衝動に襲われ、物語の中でいじめを実行し、また、その反対の立場であるいじめられる者に同情し、その報復を思う存分残酷に実行するということで、大きな快感を得ていたのであろう。

グリムメルヘンは、我々の未知で不気味な本性をストレートに示してくれるのである。我々の本能からくる欲求と、それに対処するための行動が、道徳的・宗教的な配慮なしにそのまま書かれているのである。我々にとって気になってしょうがないことや、やってみたいことが、何の遠慮もなく書かれている。だからこそ我々を妙に引きつけるのであり、永きにわたり多くの者をとりこにし、けして飽きられないのである。これはある種のくさい匂いがなぜか我々をいやし、下品な歌手のほうが清純な歌手より永きにわたり人気を維持することができるのと同じなのである。

我々は文法を知らなくてもしゃべることができる。言葉の意味を知らなくても使うことができる。わかることと実行できることの間の関係はほとんどないといっていいのだ。グリムメルヘンでは、我々が誰でも理解しているつもりの道徳的なものや宗教で戒められていることなどがまったく無視され、恐ろしくいやらしい人間の姿が簡潔に描かれていく。その作者にも良くわからない、本番・現場において、どこからか到来したとしか思えない指令に従うかのような、我々のふだんは考えてもいないような不気味な行動方式が、物語として淡淡と示されていくのである。

 

第三節 「生意気」について

*前出のカール=ハインツ・マレ「首をはねろ!」の中で、マレ氏はいじめられる原因を妬みであると言っている。またいじめに関する啓蒙書なだいなだ「いじめを考える」(岩波ジュニア新書二七一)でも、いじめは嫉妬が原因だときっぱり言われている。しかし、あらゆる組織の中の成功者は誰からも妬まれるくらい優秀であり、しかも恵まれている。ところが彼らはいじめられるどころか、いじめる立場にあるではないか。他人から妬まれることがいじめられる条件ではないことは確かである。前出の「いじめを考える」から引用する。

 

*たとえば学校で先生にかわいがられる生徒が、《いじめ》の標的にされる。・・・その正反対の子ども、障害を持った子どもや、余り美人じゃない子を、からかったり、いじめたりする。・・・それはなぜかというのだろう。・・・それも、根は嫉妬だと思うね。だいたい、そういう形で《いじめ》をする子どもは、頭のいい子や、かわいい魅力のある子に嫉妬している子どもが多いのだ。しかし、《いじめ》の形でその感情をぶつけられない。攻撃性を向けられない。相手は、親や、先生や友達に守られているからね。あるいは自分で嫉妬の感情を抑え込んでいる。親や大人から、その感情はよくないものとして、教えられているからね。・・・心の底で親や兄弟に対する競争心もある。彼らを打ち負かしてやれたときの喜びの空想かな。そうした感情が屈折して《いじめ》の快感につながるのかな。

 

つまり、優秀な者に対する嫉妬によりその者をいじめの標的にするが、その者はいろいろなものに守られているので攻撃できない。そこで、攻撃が容易にできる弱者に狙いをつける、というのだ。失礼ながら、なだいなだ氏はいじめの実態とその心理をまったく理解していない。上位の者にかわいがられ、誰からも嫉妬される者はけしていじめの標的にはされないし、むしろいじめる側にいるのであり、これは強者の運命なのである。その逆に、いじめられる者にはパトロンがつかず、彼らは周りの者をいらいらさせ、生理的に嫌われるようになっていた不運な者――このような者は、ある分野に関する能力において有能な者も多い、たとえばユダヤ人など――たちなのであり、これが弱者の運命なのである。妬まれることはけしていじめられる原因とはなり得ない。人の上に立つ者は、誰からもうらやましく思われるほど優秀で恵まれている。だから誰からも妬まれているはずだ。しかし、誰も手出しできないのである。それどころか、誰からも恐れられ、敬意を表され、好かれ,たいていその行動は好感をもたれる。誰もが彼の後について行くことに不快を感じない。マレ氏やなだいなだ氏は、自分がいじめられたり、見下されたり、ぞんざいに扱われたという自己体験がないのであろう。いじめについて完全に理解するには、いじめた経験やいじめを見たという経験ではなく、自分がいじめられた、という経験が絶対必要なのである。

我々は自己体験がないことを、それがある者と同じに理解することができない。それは自分流のかってな推測になってしまうのである。我々の内的な問題は、客観的なものとして他人に伝えること、理解してもらうことなどできないのである。次の実例は、このことを理解するのに良い例だ。ある弁護士の話である。彼はある事件で彼の家族を殺された。その事件後、彼は犯罪被害者のための活動を始めたそうだ。しかし、彼の家族が殺される前、彼は逆に犯罪者を救う活動をしていたそうだ。自分の家族が殺されるという体験は、横目で見る他人事とはまったく違うものだった。わかっているつもりでいたものが、それを自分が体験することでまったく理解していなかったことに気づいたのであった。あることについて、自己体験のある者とない者では、まったく話はかみ合わない。これは話し合いなどでは解決できず、互いに同じ体験をするまでわかり合えないのである。

魅力的な者はけしていじめられない。どのような者でも魅力という化粧が施されていれば、相手に不快を与えるようなことはないのである。魅力を感じる心を刺激する能力をもっている者は、いじめから身を守ることができるのである。それは人の価値を無条件に高める。この魅力というよろいで覆われていない者は中身がむき出しであり、外界の強い酸により腐食してしまう危険がいつもある。魅力のある者は良い会社に入れたり、出世できたり、良い人と結婚できたり、といった良い思いができる。さらに、これは相手が自分をけして攻撃できないようにする役目も果たす。強い者もいじめられない。それはへたに手をだすとカウンターパンチが来るという恐怖、強い者には取り巻きや味方が多く、多くの者を敵に変えてしまうのではないかという恐怖からくるものであると言われるが、強いということはそれ自体魅力的なのであり、相手に恐怖を与えないような魅力はないとまで言える。だから学校では、怒らない先生、恐ろしくない先生は嫌われるのである。

二〇〇三年のあるTV番組である大学の先生が、いじめについて話していたことがあった。それは、次の条件を全て満たしているときいじめられるというのだ。

一.弱い。

二.人のやらないことをやりたがる。

三.生意気である。

 

ここで重要なのは「生意気」である。それは人を不快にさせるもので、ある行動により生じる。しかし、その行動をしても「生意気」と感じさせない者もいるのだ。同じ行動をしても、人によって生意気だったり、心地よかったりする。前記の三つの条件の中で、「生意気」は他の条件と違い、本章での今の時点では意味が明確でない。「弱いこと」、「人のやらないことをやりたがる」というおまけに対して、「生意気」とは、いじめられるという問題の核心なのではないだろうか。「生意気」というものはとにかく我々を最高に不快にするものだ。

「生意気」とはいじめられるための調味料なのである。「いじめ」はそれを誘う味・臭いにより誘発される。相手を酔わせるという能力をもつ者は好かれ、優遇される。しかし、「生意気」という「不幸な能力・素質・香り」をもつ者は危険な人生となるのである。それは単に嫌われるのとは違い、相手から残忍な行為を誘い出してしまうのであり、相手は、どうしてもその者に対して残忍な行為、つまり、いじめの行為を実行せざるを得ないような気分にさせられてしまうのである。我々の他のあらゆる行為と同じように、「いじめ行為」もやるというよりやらされる、と言ったほうが正確なのだ。

同じ行動をしても、人によって生意気に見えたり、そうでなかったりする。人間関係の問題を扱った有名な*カーネギーの一連の著書(創元社)――この著書では、うまく生きる秘訣は、全て人間の行動にあるということが強調されていて、各人の固有なものの効果はまったく考えられていない。つまり啓蒙的・科学的なのであり、このことがこの本の限界を感じさせる――の中で次のように老子の言葉が引用されていた。『長年人のためにつくした者が、ある時、人々の上に立っても誰も不快に思わない。人々の上に上がっても誰もその重みを不快とは思わない』というものだ。しかし、私はこの意見に反対なのである。世の中で人の上に立っている者は、初めからそうであることが多い。けして、老子が言うような手順を踏んでいるわけではない。ただ一見そう見える例もある。しかし、それは見かけの上のことだけであって、実はそうではないのである。その者にはそういう素質があったのであって、どういう行動をしても結局人の上に立てるのである。それを素質のない者がそのまま真似たとしてもうまくいかないのである。どのようなことにおいても、素質がない人が格言にあるような行動をしても、うまくいかないであろう。だめな人が上に立とうとしたとき、誰もが「生意気」であると感じてしまうのである。「生意気」とは、その行動によるのではなく、行動者の固有なものによるのである。

昔、昼食に入ったそば屋にあったカレンダーに次のように書いてあった。『自己中心的な人からは、人が離れていく』。そうだろうか、誰もが自己中心的であるのではないだろうか。同じ自己中心的なものから出てきた行為でも、いかに偽装して周りの者に見せつけるかによって、その行為の評価は大きく違ってくるものだ。成功した者は全て自己中心的なのであって、ただ、それが周囲の者に好感をもって迎えられただけなのである。我々の利己的な行動を、他者にいかに気持ちよく見せつけるかは、その者の固有な才能――外観も含めて――によっているのである。つまり、「有能」か「生意気」、どちらに見られるか、である。

我々は相手の価値、つまり我々感じた相手のイメージと、相手の行動の比較により相手に対する態度が決まる。相手がそのイメージの中に納まった行動をとっている場合には、我々は相手に好意的な態度をとる意欲が生まれる。しかし、相手が我々の相手に定めたイメージからはみ出る行為をしたとなると、憎しみの感情が生まれる。これが生意気というものなのである。

若くても何をやっても「生意気」と言われない者もいるし、年取っていても「生意気」と言われる者もいる。その者の固有なものが効いているのである。前記の老子(この本を書いた人たち)の言っていることとは違い、上に立てる者はある努力をしたからではなくて、生まれつき上に立てる才能をもっていたからこそ、そうしても誰もが不快を感じなかったのである。そうでない者、たとえば見下された者などはどんなに下積みをしても、周りの者がそれを許さないのである。我々が見下している者が上に立とうとしたとき、誰もが不快を感じるのである。下積みをしなくても、誰からも敬意を表されている者はいるもので、その者が上に立とうとしても誰も不快は感じないのである。つまり、前記の老子(この本を書いた人たち)の考えは、この点で誤りであるのである。彼はカーネギーと同じように、各人の固有なものを無視し、あまりにも科学的に処理しすぎているのである。生まれつきの優劣を無視した考察は意味を成さない。全てが平等であれば、何も問題は起こらないのであって、一切が平等でないからこそ、「いじめ」という問題も起こるのである。老子(この本を書いた人たち)には、下にいて、上にはい上がれないという自己体験がなかったのであろう。福沢諭吉のような「人間は皆平等である」式の考え方では、いじめの問題を正しく理解できないのである。我々にとって重要なことは、生まれながらにして定められてしまった各人の固有のものだ。それは我々にはコントロールできないものだ。

見下された者が上に出ようとしたとき、我々は不快を感じる。自分の手中にある者、自分が世話している者などが、自分がその者に定めた範囲を越えようとしたとき、我々は不快を感じる。これが家族へ暴力を振るうことの原因でもある。このような感情が生意気と言われるものなのである。我々は家にいるとき、外にいるときとは心構えが違う。主人であれば、「この家の者は、全て自分の支配下にある」という家族を見下した――低価値に置いた――気分がある。その見下された者がそれにふさわしくない行動・言動をしたとき、大きな不快を感じる。そして、その不快を中和するために暴力やいじめが行なわれるのである。

 

第四節 我々をいらいらさせるもの

いじめられる者は、必ず我々を魅惑するのではなくいらいらさせる。我々をいらいらさせる原因の一つに趣味の問題がある。私がおいしいと思うものを、相手はまずいと思っているのを知ったとき、我々は大きな不快を感じる。これは話し合いで解決できる問題ではない。全ては我々個々の固有なものの差異から生じているのであり、全てはその中の問題だからである。誰でも自分の固有な事情に沿った行動をしなければならない。だから話し合っても何も解決しないのである。趣味の不一致があると、我々は本能的に相手に不快を感じるようになるのである。そうなると、その相手を悪趣味なやつだと思うようになり、まるで腐ったもの、汚いもののように見えてくるものであり、その相手を下劣に感じ、軽蔑するようになる。つまり相手の価値は下がるのである。そして、強いほうが弱いほうを攻撃するようになる。これはいじめである。

異なる宗教を見るときも同じだ。我々日本人はほとんどがあからさまには宗教に無縁なのでよくわからないのであるが、異教徒はきわめて劣悪に見え、不快を感じるらしい。異教徒に対する怒りの大きさ、いじめの凄まじさは世界中で見られる。カトリック教会による異端審問は良い例であり、相手が自分と同じ宗教でも、自分と少しでも違う教義を信仰していることが気に食わないのである。そのため大量の人を残忍な方法(火刑)で殺し、そのいらいらをなんとか中和しているのである。この異端審問は単なる僧侶のいらいら――僧侶はあまりにも欲望を抑制しているので不快も大きい――のはけ口であって、危険な異端者を排除するというのは、これらの行為を正当化するために後から考えられた口実であることは確かなことなのである。

困っている人を見るとき、我々はかわいそうだと思いながらも、ある不道徳的な感情に襲われるもので、いらいらしたり、憎たらしいと思ったり、意地悪をしてもっと困らせてやりたくなったりすることがある。困った者は誰からも親切にされるというより、むしろアンデルセンの童話「マッチ売りの少女」のようにすげなく扱われることが多い。これは困った者にかかわっても利益がないからというのではなく、我々をひどく不快にするものが困り果てた者、不運な者にあるのである。犠牲者とも言える者に対して、我々はまるで犯罪者、あるいは異教徒でも見るような目を向ける。特に成功者や幸運者は、困窮者に対してよりいらいらするもので、肉体的に劣っている者に対して「根性がない」とし、会社などの組織において、うまくついていけない者、失敗ばかりする者に対して、それを全て「その者の行動のまずさ」のためであるとし、その者の事情・運命でなくその者自体を憎む傾向がある。つまり、我々は全てをコントロールできるのであって、だめな奴はそれを怠っているにすぎないのである、というとんでもない判断をしてしまうのである。これは一般人向けの社会心理学の著書である*齊藤勇「人はなぜ、足を引っ張り合うのか」(プレジデント社)によれば、社会心理学でも認められている事実なのである。しかし、この判断は間違っているのであって、うまくいっている者は単に「幸運な軌道」に乗っていただけのことなのである。

世の中にはいつもほぼ一定の割合で不幸な者が生み出されるものだ。だから彼らは犠牲者なのであり、幸せな者の身代わりに苦しんでいる者であるので、ばかにしたり、いじめたりするものではない。それでも、我々はこのような不運な者を見るとき、なぜか不快を感じるのである。「受付」などでもそうだろう。きちんとした身なりの者が優等生的な態度で行くと、受付の者は最大の儀礼的態度で応対してくれるだろう。しかしみすぼらしく、疲れきって、困り果てた様子でいくと、相手は逃げ腰になり、相手の話も聞いていられない状態となり、態度は険悪になっていく。汚いものがきたので避けようとするというだけではなく、妙にいらいらしてしまうのである。相手が劣悪であると判断したとき、我々には不快感が襲ってきて、相手を憎たらしいとすら思ってしまうのである。

不運な者、かわいそうな者、冷たく言えば劣悪な者は価値が低い。それらの者が我々の感じた彼らの価値を超えるような行動・言動をしたと我々が感じたとき、我々は不快を感じ、それを中和しようとする行為がいじめなのである。だからこそ、魅力がなく弱い優秀な者、変った者は、支配的な立場の者にいじめられるのである。だから、ホームレスがいじめ殺される事件が多いのである。これがいじめに対する私の考えである。これは、また後に述べることにする。であるからこれらの劣った者は、いちじるしくその行動を制約されることになるのである。周りの者より優れた者は何をしても、誰にも不快に思われないし、からかわれない。しかし、周りの者より劣悪だと判断された者は、その自分より優位に立つ者の前である一線を越えた行為をしたならば悪臭を放ってしまい、たちまち暴力を振るわれたり、恥をかかされたりすることになる。

私はここで、次のことを暫定的に言っておかねばならない。魅力がなく、素性の悪い(背景が悪い)者の有能さは、「生意気」とされ憎まれ、魅力があり、素性の良い(背景が良い)者の有能さは、敬意を表され好感をもたれ「有能」とされる。魅力なく素性の悪い者の有能さは、どんなに優れていても、周囲の者に不快を感じさせ、そのためいっそう嫌われ、迫害されるのである。どのような分野でも優秀なユダヤ人の運命がよい例ではないか?

 

第五節 いじめのメカニズム

このあたりで、いじめのメカニズムをまとめておかなければならないと思う。

我々は常に、自分が把握した相手のイメージと相手の実際の行為の関係を気にしている。我々は、相手のイメージ、つまり我々が推測した相手の程度(魅力、頭の良さ、社会的な地位、自分との関係など)の中に相手の行為が在れば安心する。相手がそのイメージからはみださない行為をとっている場合には、我々は相手に好意的な態度をとる意欲が生まれる。しかし、相手が、我々が相手に決めつけたイメージからはみ出る行為をしたとなると、不快、憎しみの感情が生まれる。相手は自分が感じたとおりの者でなければならないのである。我々の中に作られた相手のイメージの範囲の中なら、相手がどのような行為をしても、我々は好意的な態度を維持できるが、相手がその範囲を超えた行為をしたとき、我々は簡単に相手への同意の意欲から反撃の意欲へと転じてしまうのである。我々は自分の思ったようになっていないときに不快を感じるのである。

魅力的な者、自分がまだ把握できない未知の存在、社会的に地位の高い者などが何をしても不快ではない。それは、我々のその者に対するイメージがまだ限定されていないので、その者のどのような行為も許容できるからなのである。我々は初対面の者が何を言っても不快にはならないものだ。それは、自分の中の相手のイメージがまだ限定されていないからだ。しかし、限定された者、見下されてしまった者、自分の支配下にあり十分に把握された者(たとえば家族や部下)が、その限定された範囲を超えた行為をしたとき不快を感じる。たとえば家庭内暴力は、これにより説明できる。結婚するとまもなく暴力が始まるのは、相手が把握され、未知な部分が少なくなったからだ。つまり、相手が、自分が限定した相手の行為の範囲を越え出るような行為をしたとき、我々は不快を感じるのだ。この不快を「生意気」と言うのであり、この不快を中和するために相手に苦悩を与える報復行為が「いじめ」なのである。

自分より上位であると感じた者や、あまり限定されていない未知なる者が何をやっても、何を言っても、何の不快も感じないだろう。たとえば社長が何をしても誰も不快は感じない。自分が尊敬する者が成功したとき、何も不快は感じず素直に喜べるであろうし、少しも妬ましく感じない。それは自分の家族についても同じだ。自分の家族が――兄弟姉妹を除いたほうがいいかもしれないが――、自分より優れていても、ただうれしいだけで何も不快は感じないであろう。この場合、自分の家族はある状況においては――家庭内暴力の状況では家族の価値は低いものになっているのだが――自分にとって価値が高いものなのである。しかし、家族であってもライバルであり、自分より下位であるべき弟や妹が、自分より優れていることを知った場合には、とても喜ぶどころではなく、妬み苦しむことになる。また、他人の子供が自分の子供より優秀であった場合、我々は不快になる。これは、生意気な行為なのだ。他人の子供は自分の子供より価値が低いからだ。そして、その不快を中和するために、悪口を言ったり、無視したり、暴力を振るったりといった報復(いじめ)をするのだ。

ここでドイツの哲学者ニーチェの僭越(生意気)に関する意見を、前出のニーチェ「人間的な、あまりに人間的な」(浅井真男訳)から引用してみよう。僭越・生意気というものによって、我々がいかに危険な状態にさらされるかが、格調高い隠喩により説明されている。

 

*僭越。――僭越と呼ばれ、われわれのあらゆる良い収穫を台無しにするあの雑草の生長には、何よりも用心しなくてはならぬ。なぜなら、僭越は情愛のなかにも、敬意のなかにも、好意的な親密のなかにも、愛撫のなかにも、親切な忠告のなかにも、欠点の自認のなかにも、他人に対する同情のなかにも存在するのであって、これらすべての美しい事柄もそのなかにあの雑草が生えると反感を起こすからである。僭越な者、すなわち、自分があり、あるいは値する以上に重要であろうと欲する者は、つねに誤った目算を立てる。なるほど、彼が僭越なことをする相手の人々は通例心配や便宜のために彼の要求するだけの敬意を彼に払うので、彼は一時の成功を収める。しかしこの人々はそれに対して悪い復讐をするのであって、彼がよけいに要求しただけの分をいままで彼に与えていた価値から差し引くのである。屈辱ほどに人々が高い代価を支払わせるものはない。かくて僭越な者は自分の実際の大きな功績を他人の眼に疑わしく小さなものにしてしまって、泥だらけの足で踏みつけられることになるかもしれない。――誇らしい態度でさえも、誤解されて僭越だと思われることがないとまったく確信できるところ、たとえば友人や妻の前でなくては、あえてとってはならない。なぜなら、人間との交際においては、僭越の評判をとる以上にばかなことはないからである。それは、礼儀正しく嘘をつく術を学ばなかったということよりもさらに悪いことである。

 

以上の考察において、僭越・生意気である基準が謎として残る。同じ行為でも、ある者では僭越・生意気になってしまうが、ある者では誰にも不快を感じさせないばかりか魅力的なものとなるのである。問題の犯人は、多くの者が信じている人間が誰でも共通にもつとされている「正当なもの」から「はみ出たもの」ではなく、単に個々の者の間にある差異なのである。魅力的な者も、さらに魅力的な者が現れれば色を失ってしまうのである。この差異こそが人間の間のあらゆる問題や「いじめの問題」の核心なのである。人間は平等ではなく、各人の間に差異があり、この差異こそがあらゆる問題を引き起こしているのである。

先に示した老子の考えはおかしい。人の上に立つ者は生まれたときから人の上に立っている。彼が上に立っても誰も不快を感じないのである。生まれつき素質のない者や魅力のない者は、どんなに下積みをしても、他人に敬意を表されることはないし、魅力も感じられないものだ。老子には、「他人に中でうまくいかず、苦労した」という自己体験がないのだろう。彼は各人間の間にある差異という重要な問題を見ていない。知恵と努力であらゆる困難を解決できる、という思想(啓蒙思想)は、この点で怪しげとなる。上に立つ者は初めから上に立ち得るのであり、それまでの行動(努力とか下積み)とは関係ない。彼は生まれつき人の上に立てる者であったのだ。だからこそ、彼が上に立っても誰も不快に思わないのだ。好かれる者は何をやっても好かれるし、体形が良い者は何を着ても恰好よく、それらは行為や着こなしとまったく無関係なのである。

我々は不快に感じること、うまくいかないことの原因を、我々がコントロールできそうなものに還元しようとする。そして、その軽率な判断は危険な信仰に形を変える。しかしそれは、多くの者に無駄な労力を費やさせ、さらに不幸にしてしまうのである。これは犯罪ではないだろうか? 相手の価値は自分の趣味嗜好によっても違ってくる。自分が認める価値がなければ劣ったものとなってしまう。才能があっても、それを感じる者がいないかぎり、その価値は公に成立しない。評価する者の趣味嗜好に全て依存しているのである。だからこそ、わけのわからない変人・才人は、一般の者から見ればその優れたところはそっくり落とされてしまい、だめなところのみが強調されてしまう。我々は、理解できないものは強引に自分の理解できるもの、しかも好ましくないものに解釈してしまう、という性質がある。天才がしばしばとんでもない災難に遭うこともわかるであろう。我々は自分がわかるものしか評価しない。それ以外は見えない。一般大衆の趣味嗜好に合わない者は、不幸になるしかない。世の中の大半を占めるのは、趣味嗜好がほとんど同じである一般大衆である。ここに変わった者が入ればうまくいくわけがない。変人は、一般の者がもっている社会的な能力・風采・優雅さに欠けており、その代わりに一般の者がまったく感じないようなことに対して鋭敏な感受性をもっているものだ。この者は、一般の者から見ればだめなところばかりで価値は低くなる。人のやらないことばかりやりたがる者は、人のやることはやらない。そのままおとなしくしていればいいのだが、別の才能があるためにだまってはおられず、これが一般の者からは、異教徒の不気味で危険なしぐさのように見える。そして、何か良からぬことを企んでいるようにも見える。つまり「生意気」なのである。ボロ雑巾の様な者が何かを企んでいる、これを見て周りの者は不快を感じるのである。

ところで前記のいじめられるための三つの条件の内、「弱い」はその者の価値が低いという評価で、「生意気」であるための条件であったのである。「人のやらないことをやりたがる」は、我々には価値が低い(弱い)と感じたバカにしていた相手が、我々の予想もしていなかった優れたものをもっていたり、強かったり、想定外のことを考えていたり、不可解なことをたくらんでいたりしているということに対する不快感を示しているのである。これには趣味や宗教の違いも含まれる。だめだと感じ、だめでなければならないはずの相手が、それを裏切るかのように、我々の予想を超える成果を上げようとしていることに対する不快感なのである。だから、「弱い」、「人のやらないことをやりたがる」は、このセットで「生意気」ということを言っているのであり、生意気が重複しているのである。つまり、前記のいじめられる三つの条件は、「我々が相手に感じた(定めた)価値を相手が越えるような行為をした場合、いじめられる」と言い換えることができるのである。

人のやらないことをやろうとしても、誰からも好感をもって見られ、敬意を表される者がいる。その行為は高貴に見えるほどだ。どうしてだろうか。これは、我々がこの者に高い価値を感じているからなのだ。だから、その者が何をしていても「生意気」という不快を感じないのである。その者は人の上に立っても、何をやっても、何を言っても、誰にも不快を感じられることはないのである。これはその者の「やりくり」に関係なく、生まれつきのものなのである。

 

第六節 いじめられる運命にあった民族ユダヤ

世の中には、存在すること自体が生意気・罪とされ、迫害されいじめられる者がいるが、個人でなく民族全体がそのような運命にあることがある。歴史上、このような運命にあった民族は多いが、ユダヤ人はその代表的な例であろう。

ユダヤ人はナチスドイツのヒトラーにいじめぬかれた。彼らは、その存在そのものが罪とされたのであった。彼らは、長い歴史の中で他民族(特にヨーロッパの人たち)に嫌われ、恐れられ、悪魔とされ、迫害され、差別され、虐殺され続けてきたのであった。ユダヤ人の迫害の歴史が詳細に語られている優れた*啓蒙書レイモンド・シェインドリン「物語 ユダヤ人の歴史」(高木圭訳、中央公論新社)によると、中世以来、ヨーロッパのキリスト教徒によるユダヤ人に対する差別や虐殺はひどいものだった。たとえば中世のヨーロッパのキリスト教徒(カトリック)は、イスラム教徒(ムスリム)や異端者(アルビジョワ派など)を討伐するために七回にわたって軍隊(十字軍)を放ったが、その一回目の一〇九六年の遠征では、なんとその進路の途中でユダヤ人をついでに大量に虐殺したという。同書からその部分を引用する。

 

*遠隔地の非キリスト教徒に向けられた宗教的憎しみは、身近にいたユダヤ人に対しても向けられるようになった。一〇九六年春、第一回十字軍がヨーロッパを横切って東方に向かったとき、その最初の犠牲者となったのはライン地方に住むユダヤ人であった。この地方の地方領主や教会関係者の多くは法に従い彼らを守ろうとしたが,十字軍の武力に対抗するだけの手段は持ち合わせていなかった。その結果、大量虐殺と強制改宗(著者注:改宗すれば命は助けると脅す)が行なわれた。キリスト教徒のたちの手にかかるよりはと、多くのユダヤ人が自殺を選び、夫は妻と子供を殺しそのあと自らの命を絶った。

 

さらに同書から、いくつかを引用する。

 

ユダヤ人に対する最初の組織的な弾圧は、一一四四年にイギリスのノーウィッチで起こった。ユダヤ人が、ウィリアムという名前の子供を捕まえて復活祭の前の聖金曜日にキリストの磔にならって殺害した、との容疑をかけられたのだ。しかも、この儀式は世界中のユダヤ人の間の、毎年キリスト教徒の子供を一人犠牲にしなければならないという約束事に基づいて行なわれたとの噂まで広まった。こうして、ノーウィッチのユダヤ人は、これに反発する住民により大量虐殺され、さらにこの動きは次々とヨーロッパ中に広まっていった。

そしてユダヤ人が、殺されたキリスト教徒の子供の血を過ぎ越しの祭りに食べるマッツオー(種無しパン)に使っていると広く信じられるようになってからは、虐殺はさらに広範囲に及ぶようになった。個々の事例は様々であるが、結果的にはほぼ同じような行為が各地で行われた。ユダヤ人家族全員、時には地域のユダヤ人社会全体が、しばしば生き埋めにされて抹殺された。代表的なのは、一一六八年のグロスター(イギリス)、一一七一年のブロワ(フランス)、一一八一年のウィーン、一一八二年のサラゴサ(スペイン)、一二三五年のフルダ(ドイツ)、一二五五年のリンカーン(イギリス)――チョーサーのカンタベリー物語で触れられている――、一二八六年のミュンヘン、一四七五年のトレント(イタリア)、一四九一年のアビラ(スペイン)などで起こった虐殺で、とくに最後の例はスペインにおけるユダヤ人排除運動の高まりを象徴するものであった。

 

一三四八年から一三五一年にかけてヨーロッパはペストの猛威に襲われた。その被害はユダヤ人、キリスト教徒を問わず、およそ三分の一の人口が消え去った。パニックに陥った民衆はその恐怖をやわらげるため極端な宗教的活動に頼った。集団ヒステリー状態の中で、ユダヤ人が井戸を汚染しペストを広めているとの噂が飛び交った。ユダヤ人社会、特に中央ヨーロッパユダヤ人社会がひとつひとつ襲われ、破壊され、追放されていった。血の粛清の際に以前の教皇たちが行なったように、教皇クレメント四世は、ユダヤ人がキリスト教徒と同じようにペストで死んでいく中、こうした馬鹿げた主張を抑えようと何度も試みたが、結局ユダヤ人が血を流す以外に民衆を鎮める方法はなかった。

 

一五一七年にマルティン・ルターによって始められた宗教改革は、キリスト教の反ユダヤ教的な態度を一層強化する結果となった。宗教改革運動の初期においては、ルターは教会批判の理由のひとつにユダヤ教に対する迫害を挙げていた。これは、教皇に対する攻撃と聖書以外の権威を認めないという彼の主張により、ユダヤ教徒キリスト教に帰依させることができるに違いないという彼の目論見によっていた。しかし、実際にそうしたことは起こらなかったため、一転してルターはユダヤ人を“不愉快な害虫”と呼び、キリスト教徒にユダヤ教徒に対する憎しみ植え付けるとともにドイツ各地からユダヤ人を排除することを支持した。

 

では、ユダヤ人のどこが悪いのか? ユダヤ人は、その行動が他の民族と違い、風貌もあっけらかんとした感じはなく不気味で野望を抱いているように見える。特に、彼らの宗教的行為は異様である。彼らはユダヤ教創始者であり、ユダヤ教はやがてキリスト教イスラム教を派生させた。前出の「物語 ユダヤ人の歴史」によれば、ユダ王国は、バビロニアとの戦いに敗れた後のバビロニアの傀儡政権(ユダヤ人が任命された)の反乱の失敗で、紀元前五八七年に崩壊した。つまり全てのユダヤ人はその地から追い出されたのであった。彼らは離散しても常にユダヤ人社会をつくり、寄り添って生きようとし、他民族に溶け込もうとせず、彼らのアイデンティティー(本性)を強く意識していた。彼らの異様な宗教的行動は周りの者を不快にした。これらのことは相手に必ず不快を感じさせることは確かである。

二〇〇五年にNHKで放送された「アウシュヴィッツ」という番組によると、アウシュヴィッツ収容所の所長は、連合軍に捕らえられた後に、刑務所の中で死刑執行までの間に書いた「アウシュヴィッツ収容所」の中で、「ユダヤ人の陰謀はドイツを滅ぼす」と言っているそうだ。ナチスヒトラーも「ユダヤ人はドイツの災難である」と言っている。このようにユダヤ人は、昔から恐ろしく憎むべき怪物にされてしまうのである。偉大な学者にユダヤ人が多いように、彼らが優秀なことは確かだ。しかし、周りの者は彼らに好ましいもの感じず――悪趣味にしか見えず――、彼らの行動は公認されないのである。理解しがたく不気味でしかも頭が良い彼らは、常に何かを考え、秘かにそれを拡大しようとしているように見える。それは周りの者を恐れさせ、やがて憎しみを抱かせるようになる。「あんな奴ら」が何かよからぬことをたくらんでいる、そう思っただけでもいらいらしてくる。不気味で好感をもてない感じの者が何かをたくらんでいる。虫の好かない者が何らかの陰謀をたくらんでいるのではないか、そう想像しただけでムカムカしてくるのである。

アブラハム(紀元前二〇世紀頃生まれ)・ノア・モーセ(紀元前一四世紀頃生まれ)・イザヤ(紀元前八世紀頃生まれ)などの有名な預言者・指導者をもつユダヤ教は、やがてキリスト教イスラム教を派生させたのだ。これら三大一神教は、ユダヤ人が生み出したものなのである。学者として、商人として、あらゆる分野でユダヤ人は成功している。*宮本久雄・大貫隆編「一神教文明からの問いかけ」(講談社)によると、ノーベル賞の受賞者の二〇パーセントが、全人口の〇.二パーセントにすぎないユダヤ人によって占められているのである。彼らは、ユダヤ人以外の者に比べてはるかに優秀であることがわかる。

我々は自分が理解できないものや趣味に合わないものは、理解できないとしないで、自分が理解できうるもの、しかもその中でも最も劣悪なものに解釈してしまう、という性質がある。こうしてユダヤ人は、その「異様で不気味で底知れぬ優秀さと魅力のなさ」のゆえに恐れられ、劣悪な者にされてしまい、そのイメージによってさらに不気味にされ憎まれいじめられてきたのである。これは、昔のヨーロッパの死刑執行人たちが差別され、汚らわしい者とされながらも、崇拝されていた事実に似ている。

*前出の「一神教文明からの問いかけ」によると、ユダヤ人が迫害される理由として次の説がある。バビロニアによりユダ王国が滅亡して(紀元前五八七年)人民が離散し、異教徒に改宗を迫られ、異教徒である印(帽子や衣服やバッジ)をつけられ、それが人種的な差別につながっていった。キリスト教の生みの親であるナザレのイエスを殺した憎むべき者である(これは、司教が無知な民衆にさかんに言っていたそうであり、自分の考えをもたない彼らは、それによりユダヤ人を憎むようになった)。国を失った落ちぶれた者である――不幸になった者がいじめられるというのは、周知のことである。商人として成功し、裕福になったことに対する嫉妬。また、前出の「物語 ユダヤ人の歴史」によれば、ユダヤ人の迷信深い異邦人と思わせるような奇妙な宗教的行為が、ユダヤ人が不快を感じられる原因の一つになっている、と言われている。同書から関連部分を引用する。

 

*こうして、ヨーロッパの一般庶民の間に反ユダヤ的感情が定着していったが、この感情の一部は恐怖感に根ざしたものでもあった。文字も読めず、迷信深い中世の農民の目には、不思議な習慣と、奇妙な宗教儀式、それにヘブライ語の祈りを行なうユダヤ人は、単に社会的、経済的アウトサイダーというだけではなく、黒魔術を操る異様な集団、悪魔の手先とも映っていたのである。

 

彼らは他民族よりはるかに優れている。しかし、それは他民族には理解できないもの、魅力のないもの、趣味・嗜好に合わないものであり、そのために下劣な者、価値低い者と解され、嫌われ、迫害される運命にあった民族なのである。そこには、他民族が彼らを憎まなければならなかった「生理的な欲求」というものを、確固たるものとして認めなければならないのである。才能はあるが人から好感をもたれるような魅力がない(理解されない)彼らは、迫害されるようになっていた、ヨーロッパの者は彼らを迫害するようになっていた、ということだ。

こう言っちゃ失礼かもしれないが、どう見ても彼らの顔をみると、頭は良さそうだが暗い不気味なところがある。これは、我々が彼らのことを理解できず誤解している、ということなのである。ヨーロッパの者は、ユダヤ人をなぜかわからず生理的に軽蔑し、憎み、悪者にするようになっていたのであり、そのメカニズムは永遠にわからないのである。「なぜユダヤ人は迫害されるのか?」という科学的な疑問は、「ヨーロッパ人は、なぜユダヤ人を迫害したくなってしまうのか?」という心理的な疑問に移る。これは、論理的・科学的な回答が存在することが期待できない。つまり、「ユダヤ人だからである」というより他はない。それは、「よい顔がどのようなものなのか」という根拠が、我々の意識の中に見出せないのと同じだ。つまり、ユダヤ人が迫害される原因は、いじめられる者や憎まれる者、あるいは人から好かれる者の原因と同じく我々(意識)にはわからないのである。我々は、ただ「本能の指令」に従い行動するより他はないのである。選ばれた少数の者にしか自分の能力を理解され得ない者(たいていの者に誤解されてしまう者)は、大多数の者に嫌悪を感じられるのである。彼らの行為と成果が、ある意味で無能な周りの者にとっては、彼らに感じる価値(魅力)を《越えている》からこそ、彼らは時には恐れられ、時にはいじめられるのではないだろうか。

前出の宮本久雄・大貫隆編「一神教文明からの問いかけ」(講談社)から、ユダヤ人を苦しめた有名な偽造文書「シオン長老議定書」についての部分を引用する。

 

*「シオン長老議定書」は、有名なユダヤ人排斥主義のいわゆる長老議会の偽造文書で、それは、ユダヤ人リーダーが世界中から集まり、世界支配のための極秘の計画を練っているといった内容でした。この文章は元々十九世紀の終わりにフランスで作成されたもので、それが一九〇三年から一九〇五年の間に、帝政ロシア秘密警察によって承認発表されて広く知られるようになったものです。一九三〇年代からナチスドイツは、ユダヤ人排斥のためにこの文章をしばしば使用しました。この文章が偽造であることが何度も証明されているのにもかかわらず、今でもこの文章は、反ユダヤ主義の作家などによってよく使われています。(ヘブライ大学教授ベン=アミー・シロニーによる)

 

このようなことは、いじめられる者がいつも体験することだ。大勢の者によってかってに悪いイメージが作られ、それが増幅され、とてつもない奇形なものにされ、それによりさらに憎まれ、恐れられ、うさばらし――うまくいかないことは、すべてその者のせいにされてしまう――に利用されてしまうのである。これは、その者の行動ではなくその者固有の何かによっていることは確かなことである。だから、努力などではいじめから逃れられないのである。いじめられない者は、何をしても絶対いじめられないのである。ユダヤ人は、そしてあらゆるいじめられる者は、誰もが迫害したくなるようなものや背景を生まれながらにしてもってしまっているのである。ユダヤ人は、二〇〇〇年以上にわたり他民族からいじめられ続けてきた。昔のヨーロッパにおいて、彼らに対する死刑の方法は、とりわけ残忍なものとなった(動物と共に逆さ吊、ユダヤ人のための特に高い絞首台など)。ナチスドイツにより行なわれたユダヤ人の虐殺の規模は、歴史上例を見ないようなものであったが、それは、実は異常なものではなく、我々が日常行なう「いじめ」の延長上にあるものなのである。その構造は、世界のあらゆるところで起こっているいじめとまったく同じものなのである。

ユダヤ人を研究することによっていじめられるメカニズムが解明されるのか? その答えは否である。我々は、前記のように目の前に現れた相手の顔が魅力的か醜いかどうかは判断できる。しかし、我々の意識にはその判断基準がわからないのである。この判断基準は、個々の例から知ることなどできず、たぶん我々の意識を超えたところで判断されているのである。これと同じように相手が現れれば、そいつを迫害したくなるかどうかの判断は下るのであるが、どのような者を我々が迫害したくなるのか、いじめたくなるのかは、我々(意識)にはまったくわからないのである。前記の「生意気」、つまり「我々が相手に定めた価値を越えるような行為」における「相手に定めた価値」がどのように決定されるのかは、意識にはわからない。それはどこからか意識に到来するのである。

ユダヤ人はいじめられたが、それは前記の一般に言われているような理由によるものではない。ヨーロッパの人たちはユダヤ人を見たとき、知ったとき、なぜか迫害すべき者と判断したのである。ユダヤ人は、現代においても欲求不満の多い集団内で、いじめの標的にされる者と同じ性質を民族としてもっていたのである。彼らへのいじめは、二千年以上にもわたって執念深く続けられてきた確実な事実である。前出の「物語 ユダヤ人の歴史」によれば、中世や近世においてユダヤ人は、離散した国々で溶け込もうとし、それは短期的にはうまくいったのであるが、結局また迫害されてしまう、という定めから逃れられなかったのである。アメリカに移住したユダヤ人も大きな差別を受けたそうである。彼らは、どこに行っても支配的な民族、つまりより上位の民族――この序列が常にいじめの根底にあり、この序列のメカニズムは、我々にとって永遠に未知なるものなのである――に見下されてしまうのであった。

いったいどうしてユダヤ人はいじめられたか、という問題は、どうしてユダヤ人が支配的民族になれなかったのか、どうしてヨーロッパ人がユダヤ人に対して支配的民族であったのか、この二つの民族の強弱関係はどうして決まったのか、という問題にもなる。強い民族は、数においても勝っていることが多い。ユダヤ人がヨーロッパ人より数において勝っていたならば、ヨーロッパ人にいじめられることはなかったと思われるが、そのようなことが現実に起こらないようになっており、弱者はさらに少数派でもある、という「不思議な法則」があるのである。この問題は我々の思考の及ばないもの、その解明は不可能であるものなのである。この序列・強弱関係は、我々の関与できないところできっちり決められているのであり、それにより我々は、いじめる立場になるのか、いじめられる立場になるのかが定められているのである。

前出の「物語 ユダヤ人の歴史」によれば、第一次世界大戦で敗北したドイツでは、その怒りを、それまでの迫害の歴史を乗り越えてようやくドイツに同化し、うまくやっていたはずのユダヤ人に向けた。彼らは再び昔に戻ったかのように迫害されはじめ、うまくいかないことはすべて彼らのせいにされた。そして、ヒトラーユダヤ人絶滅作戦に及んだのである。これは、いじめが努力によりなくすことのできないものであるということを示しており、「いじめられる才能のある者」は機会があればいつでもいじめられてしまう、という法則を示しているのである。つまり、強弱関係という構造があらゆるものの間にあり、我々が努力によってどのように変形させても、その構造は変わらず、不運な者は苦しめられ続けられなければならないのである。

そして、あの歴史上例を見ないような大虐殺、ヒトラーによるユダヤ人の絶滅作戦――これは、一般に知られているよりもはるかにものすごいものだった――に及んでしまったのである。一般に知られているポーランドアウシュヴィッツで行なわれた大量虐殺だけでなく、東欧やソヴィエト連邦では、古代から行なわれてきた残酷な死刑の方法で、彼らは秘かに大量に殺されたのであった。前出のモネスティユ「死刑全書」には、その例が記されているので引用する。

 

*ドイツ人は第二次大戦中にソ連ユダヤ人を磔にした。マラパルテは『肌』のなかで、磔刑に処された人々との出会いを報告している。

「恐怖の叫びが私の喉からもれた。それは十字架にかけられた人々であった。それは腕を左右に広げ、木の幹に釘づけにされた人々であった。ある者は肩の上に、ある者は胸の上に頭を落とし、またある者は顔を上げて新月を見つめていた。ほとんど全員がユダヤ人の黒い外套をはおっていた。多くの者が裸で、その肌がぼんやりした月明かりのなかで輝いていた[・・・]。

磔にされた人々は黙っていた。きこえるのは、息をする音と歯のあいだからもれるヒューヒューという音だけであった。彼らの視線が私に注がれるのが感じられた。彼らの火のような目は、涙にぬれる私の顔を燃え上がらせ、私の胸をつらぬいた[・・・]。

『おれを哀れむなら、殺してくれ! ああ、頭に弾丸を撃ち込んでくれ』磔にされた人々の一人が叫んだ。『頭に弾丸を撃ち込んでくれ、おれを哀れんでくれ! 殺してくれ、ああ! 後生だから殺してくれ!』」

 

また、前出の「物語 ユダヤ人の歴史」によると、次のような恐ろしい虐殺が行なわれた。

 

*一九四一年にドイツ軍がソヴィエト連邦に侵入したとき、ドイツ軍は特別機動殺人部隊を編成した。この部隊の目的は、広大な占領地域内のソヴィエト人民委員、共産党員、パルチザンユダヤ人、ジプシーを見つけ次第殺戮することにあった。この部隊は、一般市民を殺戮するための完全に独立した権限を与えられており、通常の軍隊とは協力しながらも独立して行動した。東ヨーロッパの田舎の地方をしらみつぶしに探しまわり、小さな町にいたユダヤ人を見つけだしては、機関銃で射殺したり、溺死させたり、あるいは彼らの車の排気ガスで窒息死させた。ウクライナ人、ポーランド人、ラトビア人、リトアニア人、エストニア人、ルーマニア人なども補助者としてしばしばこうした殺戮に熱心に加わった。こうした殺戮行為で最も悪名高いのは、一九四一年九月二九日から三〇日にかけてキエフの近郊のバビヤールで起こったドイツ軍とウクライナ人による約三万三千人のユダヤ人の虐殺である。

 

この「物語 ユダヤ人の歴史」によると、ヒトラー第二次世界大戦中において、連合軍との戦いのさなかにもかかわらず、ユダヤ人に対するいじめに没頭した。これらのエネルギーを連合軍との戦いのために使ったらよかったと思われるのであるが、これはやぼな考えであろう。彼にとって、人を、ユダヤ人をいじめるということには第一級の価値があったのである。つまり、我々にとって「いじめ」とは、性欲や食欲などに負けないくらい重要なものであるということなのである。恐ろしいことであるが――。

二〇〇〇年以上にわたって、ユダヤ人はどんなに努力しても、差別から逃れられなかったのである。これは現代において、いじめから逃れられない者と同じだ。この事実が大事なところで、これらは人間の犯した悪いことだというのではなくして、我々の中に確固として「残忍性」があるということなのだ。現代においては、ユダヤ人に対して以上のようなことは起こらないかもしれないが、だからといってこれらのことは、忘れなければいけない悪い思い出ではないのである。一度でも起こったということは、そこに何かがあるということなのである。我々はこれらの事実により、永遠に存続するであろう我々の恐ろしく不気味な本性を見てとらねばならないのである。生まれながらにして迫害される者と、相手を迫害できる者がいる、ということも覚えておかなければならない。このことは、科学的にわかるようなたぐいのものではない、ということも覚えておいてほしい。

組織の中でいじめられる者は、たいていユダヤ人的要素があるのである。才能があってもパトロンがつかないのである。パトロンは必ずや、実効的な才能や行動ではなく、背景的なものや我々を麻薬のように誘惑するもの、つまり、外観的・肉体的・遺伝的・伝統的な魅力につく、ということを覚えておいてもらいたい。我々は肝心な局面で、フランスの思想家バタイユの言うように必ずや生理的欲求や情念が理性的な判断を抹殺するのである。

 

第七節 いじめを科学的に解明しようとしてはいけない

たびたび言う「相手に感じる価値」というものは、実はよくわからないものなのである。それは我々の意識の判断ではなく、本能の意識への命令と言える。あるいはフロイトによれば意識の外部(無意識、エス)から意識に到来したものである。であるから科学的に整理できうるものではない。我々は我々にとって永遠に未知である、ということを覚えておかなければならない。我々のことは永遠に科学的には解明できないであろう。というのは、科学は我々の思考活動の一形態なのであり、我々が科学を含み、科学は我々に従属するものであり、だからこそ科学は我々を把握し、捉えることなどは原理的にできない。

前記のいじめられるための三条件は、我々が相手に下す残酷な判断を整理したものだ。そしてそれをさらに整理すると、「相手の行動が、我々が相手に感じた価値を越えるときの不快感」であることがわかった。しかし、これで解決されたわけではない。単にわからないものが、別のわからないものに移動しただけなのである。「我々が相手に感じた価値」を我々は科学的に測ることはできない。このように問題を既成の概念で整理してしまうことは、頭の回転のよい者の仕事の仕方と同じで、見かけ上うまく処理されたように見えるのであるが、実は何も解決されていないのである。前にも記したが、フランスのボルテールは、*ショーペンハウアー「随感録(パレルガ ウント パラリポーメナからの抜粋)」(秋山英夫訳、白水社によると、「形容詞は名詞の敵」と言っている。偉大な著述家は安易に形容詞を使わない。知れば知るほど不思議である人間の行動や自然現象を、頭の回転のよい者は形容詞を安易に使うことにより、軽率に処理してしまうのである。

我々は、相手に自分の欲求を満たすための価値があるかどうかを調べる。それがあれば正当・魅力的・優良とされ、なければ不当・劣悪とされる。しかし、我々はその欲求と本能によるいやらしい判断・行動を隠すために、偽装し、深遠そうな意味を載せ、美化し、いろいろなものと関係付け、ついにわけがわからなくしてしまうのである。そのような作りものは、やがて宗教・道徳・愛などという名がつけられ、我々を意味深いものに見せかけ、無知な者を騙し続けるのである。我々が相手にいだく優劣に関する感情、つまり魅力やその正反対である憎しみ・劣悪感・生意気感などは、科学的に捉えることは不可能なのである。我々の価値観は、各人の固有なものに完全に依存する。だからこそこれらにまつわる問題は、客観的なもので整理できないのである。しかし、我々はそれらを「科学的」に見ようとする。各人の固有な心理を客観的に見ようとして、強引に既成概念により説明してしまうという過ちを犯してしまうのである。

前出のバタイユ「エロティシズム」から、このことに関連のある部分を引用しよう。

 

*エロティシズムは、人間の内的な生の諸様相のうちの一つである(著者注:観察者の心理のいろいろな状態の一つ、つまり観察者の心の問題なのである)。この点について私たちは思い違いをしている。というのも、エロティシズムが欲望の対象を絶えず外部に求めているからだ(著者注:つまりエロティシズムを観察者の心理とは無関係な実体として捉えようとする)。しかし欲望の対象は欲望の内面に応えた結果なのである(著者注:我々がエロティックだと思うからこそ、それはエロティックなものとなり得るのであって、それが対象の中にそれが誰にもわかる形で存在しているわけではない)。一個の対象の選択は、いつも主体の個人的な趣味に左右される。たとえこの選択が大多数の人も選んだかもしれない女性に向けられたとしても、そこで作用しているのは、たいがいこの女性の客観的な美点でなく、この女性の捉えがたい様相なのである。この女性の客観的な美点は、もしも私たちの内部の存在を感動させないのならば、おそらく私たちの好みを左右する何ものも持っていないにちがいない。

 

たとえば野球の好きな者が、それのどこが面白いのかときかれたとき、たいてい野球の中にその回答を捜す。しかし、野球の好きでない者にとっては、それは面白いものではない。つまり野球の中に、野球の動作の中に、誰でもわかる面白さは一つもないということだ。面白さ・魅力はその対象の中にあるというのではなく、我々のある心理状態であると言えるのである。野球自体が面白いというものを誰でもわかるようにもっているわけではなく、それを面白いと思う心理状態にある者だけが、野球を面白いと思えるのである。野球というものを面白いと思える「我々の状態・心理」があるからこそ、それは魅力的になり得るのである。だからこそ、野球の魅力についての客観的・科学的な説明は一切不可能なのである。

我々をいじめ・報復に誘う生意気・僭越というものは、相手の行動が、我々がその相手に定めた範囲を超えている、と感じたときの我々の不快感なのである。それは、ある者が媒介したときのみ発生する問題であり、対象そのものに存在する問題ではない。客観的・科学的に――誰にも共通にわかることができるものによって――生意気・僭越を理解することはできない。我々がどのようなものに価値を感じるかを我々の意識は知らない。しかし、我々は相手が現れれば容易に相手の価値を感じ、相手のとった行動に対して、生意気・僭越の判断を、思った音を正確に声に出すように容易に下してしまうのである。

我々が声や口笛で思った音を出そうと思ったとき、声帯の形や口の形を試しもせずに一発で正確に決められるメカニズムは、我々の理解を超えている驚異的なことなのである。それらは、《私》という意識内で完結することは不可能であり、意識が関与できないもの(たとえばフロイトの言う無意識・エス)の中で行なわれていると暫定的に考えるしかない。あの車がどうして恰好いいのかは、《私の意識》にはわからない。気がついたときに《私の意識》は、恰好いいと判断してしまっている。魅力的な顔・体形・性格という判断は、《私の意識》の中だけで論理的に説明できるものではないのであり、どこからかいきなり届けられたものなのである。どこからか「そう感じることを告げられた」だけなのであって、《私の意識》の中だけで独立して全てを決定しているわけではないのである。魅力的な顔とはどういうものか、と問われたとき、《私の意識》は何も答えられないのである。しかし、《私の意識》は対象が現れれば容易にそれを判断してしまうのである。

人間の中でうまくやる方法について書かれた、*前出のカーネギーを初めとする多くのこの関連の著書は、科学的な内容になっている。つまり、全ての問題は我々によって解明できるものとして、我々の行動に還元できるものとして、宇宙の不思議さとまったく同等な各人の固有なものの不思議さ、科学的理解を超えるもの(「マーフィーの法則」など)などは一切無視するのである。たとえばいつも楽しそうにしていると人が集まってくる、というような内容である。しかしこれは単純な解釈であり、同じ行動でも人によって効果は異なり、ある人がやると正当だが、別な人がやると生意気ということがある。つまり、その行動のみに効果を還元できないことがわかるのであり、ある効果はその行動だけではなく、その行動を行なった者の顔・体形・しぐさ・性格・声・趣味などや、その者に関係しているもの、背景・パトロン・国籍・家柄・両親の知名度・友人・出身校・経歴などや、我々とその者の強弱関係、さらには我々が考えもしないような広大な範囲のものが必ず関係しているということだ。つまり、我々にはとうてい手に負えないものなのである。

「幸運な者」は、その存在そのものがなぜか我々を魅惑し、そのためその者が何をやっても、何を言っても、その内容にかかわらず我々を不愉快にすることはなく、その者の行動は全て魅惑的・正当的に見られる。そのため、その者にとってこの世は極楽となる。しかし「不運な者」は、その者の存在や行動がなぜか我々を必ず不快にしてしまい、その者はそのために常に非難される。そのためにその者は必ず報復(不快の中和)を受けることになり、その者にとってこの世は地獄と成り果ててしまう。残念ながら、我々にはこれらのメカニズムについてわかることができず――たぶん永遠に――、原理的にこの問題を解明できないことがわかるのである。それは、意識やあらゆる知的な活動をもそのコントロール下に置く《未知なる何か》のみが知ることなのである。意識はその《未知なる何か》にコントロールされているのである。意識はその中に居るのであって、全体を見下ろすことなどできないのである。

家庭内暴力、子供への虐待、けんか、いじめ、戦争などをなくすことができるという考えは、啓蒙的、科学的な考えであり、実に軽率な考えなのである。これらの問題は、我々がいじることによっては解決できない。腹がへった者には、食い物を食わせること以外でその不満を取り除くことはできない。世の中で起こる問題には、各人の固有な不快と欲求、そして我々の意識がまったく関与できないメカニズム(たとえば「マーフィーの法則」など)によっているのであり、我々には、まったく手のつけようのない。あらゆる行為に対して正当な説明はいくらでもでき、我々はその中から自分の事情に合うものを選ぶ。どんな行為でもその正当性は論理的に説明することはできる。しかし、その本当のメカニズムは絶対に我々にはわからないだろう。つまり我々は、「いじめられる者の問題」をいつかは解決しうるものと思ってはいけないのであり、永遠に解決不可能な難題として捉えなければならないのである。我々はこの問題の中にいるのであって、けしてそれらを上空から眺めることができない、のであるから。

 

第八節 家庭内暴力について

ここで、これまでのいじめに関するアイデアにより、家庭内暴力、つまり「家庭内におけるいじめ」についての一つの解釈を示してみる。家族はある観点では他人よりも価値ある者だが、別な観点では他人より価値が下がることがある。たとえば主人にとっては、家族は自分の支配下にあるはずの者であり、支配下にあらねばならない者であり、また知り尽くされていて未知さがなく、自分に対して弱いはずの者、弱くあってほしい者、弱くあらねばいけない者なのである。

あらゆるものはそれを手に入れ、知り尽くしたとたんに価値は下がってしまう。自分の家族もそのような観点から見たときには価値は低い。つまり他人よりつまらないもの見えるときがある。主人にとって、妻・子供・年老いた親などは、自分が支配する者、自分より下であるべき者、自分に付き従うべき者である。家族は他人より大事な者だ。しかし、主人の残忍性やそれによるいじめから身を守るという意味での価値は低い。家族を見るとき、我々には大切なものという見方と、知り尽くされ、支配下にあり、未知さのないつまらないものという見方の二つがある。強さ、恐ろしさ、未知さなどは、我々にとって魅惑的で価値あるものなのである。我々にとって、知り尽くされた、あるいは互いにわかり合えた――互いにわかり合うということは、良いことどころか害になるのである――自分の家族は、つまらない存在であるばかりか、憎むべきものとなってしまうこともある。不快なとき、何か刺激を求めているときのようないらいらした気分のとき、家族は価値の低い不快なものでもあるのである。相手に強さ、恐ろしさ、未知さ、不気味さを感じさせる者は、嫌われることはあっても、けしていじめられない。これらはある種の快を感じさせる。それは我々を麻薬のように麻痺させる効果がある。家族にはそれがないのだ。そして、家族をいじめても他からの反撃、報復の恐れはない。相手は孤立しているのだ。これが家族の一員がその家族の中の残忍性が高い者にいじめられやすい、ということに関する一つの説明である。好戦的な者や不快を貯めている者は、最も襲いかかりやすいものに襲いかかるものなのである。

親が自分の子供を虐待したときの理由の主なものは、「自分の言うことをきかなかった」が多い。これは、自分の支配下にある者のくせにそれにふさわしくない行動をした、自分がその子供に定めた範囲を踏み越えようとした、ということ、つまり、前述の「生意気な行為」に対する報復なのである。その子供の行動は、その親から見れば「生意気」だったのである。当然、他人からみれば、どうしてそんな些細なことでそんなに腹を立てるのかがわからないのである。しかし、その子供の親はその子供を殺したいほど怒らなければならなかったのである。これは、彼(彼女)としては、生理的にみて当然のの行為であり、それは我々の不気味な本性なのであり、教育などによって治るようなものではない。彼が彼である以上、彼は些細な理由で自分の妻や子供を虐待し続けるだろう。それが継子なら、いっそう激しくそれは行なわれるのである。継子は実の子より価値が低いからであり、同じことをやっても許しがたく感じてしまうのである。なんとも悲しいことではあるが、「あまりに人間的な行動」であることは確かなのである。

外では静かな者が家に帰ると人が変わったように家族に怒る。彼は外では弱く、何事も我慢し、不快は全て抑圧しなければならない。外では弱者である彼は、他人の中ではただじっとしている他はない。そしてその不快は、自分にとって弱者である家族により中和するしかない。外では静かな彼は、家族――攻撃するべきではない者、しかし、攻撃できうる者――に対しては、その分多めに容赦なく攻撃する。これを知った者はあんな静かな人がとか、とてもそんなことをするようには見えなかった、とか言って驚くのである。凶悪な犯罪者はそのほとんどが、「まじめで、静かで、良い人だったのに」と言われるではないか。彼らは不快の正常な中和手段をもっていなかったのであって、つまり、静かな人というのではなく、「社会生活において、困ったこと、対処しなければならないことに対してなにもできず、ただ我慢していたり、黙認していたり、ぼんやりしていたりすることしかできない無能な者」であったのである。

我々の不快からくる行動は相手を選ぶ。自分の支配する者、弱者、憎たらしい者、どうでもいい者、知り尽くされた者が選ばれるのである。支配者や強者は、それらの者の「生意気な行為」を敏感に嗅ぎつけて、それらの者に、彼の生理的不快や社会活動における不快をも乗せて報復することで快楽するのである。世の中ではうまくいっていて、けしていじめられることのない者でも、家庭内ではいじめられる可能性があるのだ。家庭内ではあらゆるよろいを剥ぎ取られた状態にあるからだ。家族は互いに助け合うものであると同時に、互いに知り尽くされているし、互いに逃げようがないという危険もあるのだ。その中に残忍性や不快の大きい者がいた場合、その者から身を守ることが難しくなる。家族はうまくいっていれば安全な集団なのであるが、不快の中和手段として社会的に正当なものをもっていない者がいる場合には、危険なものとなってしまう。家庭内暴力は家族の中の不快者の行動だ。それは反撃も、逃げることもできない無力な家族に向けられる。欲求不満はもっともぶつけやすいところにぶつけられる。けして遠回りせず、最も身近で弱い者に向けられる。外で中和できなかった不快は、家庭の中までもち込まれ、自分の最も大事な協力者に向けられてしまう。不快の中和手段として社会的に正当なものをもっていない者は、最後には自分を支えてくれる者、ついには自分自身にも攻撃を加えるのである。なんとも恐ろしいことではないか。

前記のグリムメルヘンのある話の中でも、相手を見下した者は、その相手が自分の困ったときに親切にしてくれることすら気に食わない。それは自分より相手が優位になっていることになるからである。自分より劣っていると思った者、あるいはそうであるべきだと思った者が、自分より優位に立つことは生意気(僭越)な行為であり、我々の名誉心はそれをけして許さないのである。そして、この不快を中和するためにいじめが始まるのである。

ここで関連した実際の事件をいくつか上げてみる。二〇〇五年六月のTVニュースでは、次の事件が報じられた。父が娘を虐待し、両手を骨折させ失明させたというものだ。小学校の入学時に学校に来ないことで発覚したそうだ。どんなにひどい虐待をしたかわかるだろう。どうしてこんなにひどいことができるのだろうか。そのメカニズムを今説明したばかりの私でさえも驚いてしまうような事件だ。人間の残忍性は思ったよりも凄まじいものだ。あまりもかわいそうだ。誰も助けることができないような状況で、思う存分いじめられてしまったのである。ただやられるだけであった。

二〇〇五年七月のニュースでは、身ごもった女性がアパートの五階から落ちたというものだ。帰ってきた夫が酒を飲んで暴力をふるいだした。この女性は「許して、やめて」と叫び、窓からロープによって逃げようとした。そして落ちてしまったというものだ。このようなことはこれまでもたびたびあったと周囲の人は言っていて、いつかは何か起こるのではないかと思っていたそうだ。

二〇〇五年八月に報じられた事件は、継父からいじめられた娘の話だ。継父はその娘が宿題をやっていなかったという理由で、数時間虐待した後、娘を首から下を地面に埋めてしまった。以前からこの娘の悲鳴は聞こえていたそうだ。彼には実の娘がいたそうだが、彼女にはそんなことはしなかっただろう。彼の妻もそれを見て見ぬふりをしていたそうだ。自分の実の子でない彼女は、彼にとって価値の低い者であったのだ。その者が少しでも手間のかかることをやらかすと、他の者(たとえば実の娘)が同じことをやったのに比べて、はるかに大きな怒りが彼を襲うのであった。彼の不快は、相手の行動よりも相手の素性に大きく依存しているのである。彼女が彼の実の娘であったなら、同じ行動をしてもこんなことはしなかったかもしれない。自分にとって価値の低い者の行動は、いちいち不快なのである。彼のこの行為(虐待)は必然的なものであって、彼にはどうすることもできなかったのであろう。彼のこの残忍な行為よりも、彼の不快がいかに大きなものであったのかということがまず問題なのだ。この不快を彼から取り除かない限り、彼は虐待をやめることはできないだろう。彼がある不快に苦しめられることについては、彼には一切の責任はないのである。彼は自分の不快をコントロールすることはできない。それはどこからか到来するとしか言えないのである。娘を、無力な者を、数時間にわたりいじめることが、いかに彼にとって大事な仕事――性交などと同じに――であり、必然的な行為であるかを誰もが思い知るがいいだろう。不道徳的な発言になるが、彼はただ「人間的な行為」を行っただけのことであり、その継娘は運悪くその餌食になってしまっただけなのである。

このようなことが世界のどこかで、毎日のように起こっているのである。恐ろしいことではあるがこれらは、我々が暴力・いじめと共に生きなければならないことを示しているのである。また、このようなことは、太古から一定の割合で起こっていることで、道徳的には異常なことであるが、人間としては正常なことなのである。常にある割合で、不快を家族への暴行によることでしか中和できない者がいるのである。どんな時代でも、どこかで必ず弱い者が強い者にいじめられている。しかし、周りの者たちはそんなことは知らずにいる。いじめは常に秘かに行なわれるものだ。そして、たまたまTVニュースなどでそのような事件を見ると驚くのである。つまり、我々はこの「あまりに人間的な」我々の性質をほとんど理解していないで、それをまるで間違ったもの、悪いもののように扱うのである。くりかえすが、これは悪くもなく、間違っているわけでもない人間の「あまりに人間的な性質」なのである。

 

第九節 準いじめ行為

いじめほどあからさまに相手を侮辱しないが、明らかに相手への侮辱の構えをちらつかせている行為を「準いじめ行為」と呼ぶことにする。我々は相手に生意気な行為がなくても、相手との間に大きな強弱関係があり、強いほうの不快感が強いとき、「準いじめ行為」が始まる。この強弱関係とは前記のように、相手が自分にとって利益のある者か、注意するべき者か、つまりへたに手を出したとき反撃がくる者か、相手そのものが自分に快感をもたらすか、つまり魅力ある者か、相手の背景的なものが自分より上か下か、相手の肉体的なものが自分より上か下か、などにより決まるものだ。

相手が自分にとって強い者、価値ある者と感じられた場合、我々は相手に自分を良く見せたいという欲求が生まれる。だから自分のいやなところを隠そうとするのであり、これが紳士的な態度なのである。つまり、我々の醜い行動を抑制するのである。相手が自分にとって強い者、価値ある者である場合、このような抑制はむしろ楽しく、快い緊張感をもって楽にできるものだ――これこそが、古来よりあまりにも美しく語られすぎる「愛」というものの興ざめする様な正体であるのだ。しかし、相手が自分よりはるかに弱い、価値がないと感じられた場合、自分を相手に良く見せようという気分はなくなる。この相手に良く思われる必要はなく、どう思われてもかまわないからである。このとき、我々はあるだるさに襲われ、自分のいやらしいところを隠したり、抑制したりすることが困難になる。緊張する必要がなくなると、今度は「だるさ」という不快が襲ってくるのである。このとき我々はついつい、いやらしいものを漏らしてしまったり、見せてしまったりする。これはこの「だるさ」という不快感に対処するために必要なことなのである。たとえば相手の前で平気でおならをする、相手にいきなり蹴りを入れる、後ろから相手のわきの下に手を入れくすぐる、階段を上っている相手に下から近づき肛門めがけて突きを入れる、などのまことに失礼な行為である。これらは、自分にとって強い者や大事な者にはけしてできない行為であり、実に失礼な行為である。互いに対等であれば、互いに紳士でいられるのである。それは殺人をも招くエロティックな本能と同じく不気味なものである。

名誉心、つまり自分が優れた者、価値ある者であると相手に見てもらいたいという気分は、その見てもらいたい相手にも価値を要求するのである。つまりどうでもいいような相手には、我々は自分を良くみてもらおうとは思わないのであり、このような者に対して我々はけして紳士にはなれないものだ。そのとき我々は、ただ紳士(良い子)になれないだけではなく、不気味な感情に襲われるのであり、その者に対して、我々のいやらしい部分を隠すことなく見せたくなるのである。それは相手に対してきわめて失礼な態度となって現われるのである。相手を苦悩させることにより自分の不快を中和しようとする行為は、いじめ・虐待であるが、相手に失礼な行為をすることにより快楽を得る、つまり不快を中和しようとする行為が「準いじめ行為」なのである。

我々は相手が自分より強い者、価値ある者と感じたとき、恐怖し、緊張し、ある種の快を感じる。しかし、相手にどのような価値も恐怖も感じなかったとき、いじめとまではいかないまでも驚くべき不道徳な行為に出てしまうのである。その相手に自分がどう思われても構わない、気を使う必要はまったくない、恐れることはないという判断が下ると、安心とともに一つの「だるさ」が襲ってくるものだ。この「だるさ」という不快が、我々に「準いじめ」という不気味な行為をさせるのである。強弱関係という勾配により、我々の醜いものは高いところから低いところへと流れていってしまうのである。これらの行為は「いじめ」に比べはるかに多く見られるもので、いじめの前触れ、予告と見たほうがいいのかもしれない。

 

第一〇節 いじめの例とその解釈

二〇〇五年の初めの頃、ある会社の元会長のT氏の自社株をめぐる不正のことが、毎日のようにTVで報道されていた。その中で関係者の次の二つの話が印象に残った。T氏は自分の経営する施設の中の中華料理店で女性と二人で食事をした。ところが、相手の女性が注文したものの中に、彼女が嫌いなものが入っていた。このことを怒った彼はそこの責任者を首にしてしまったそうである。もう一つの話では、同じく自分の経営するレストランに自分の子供を連れて食事に行った。しかし、そこで出てきたビーフステーキの大きさが子供には大きすぎると言って怒り、そこの責任者を異動してしまったのだ。これは家庭内暴力、幼児虐待と同じ種類のものだ。自分の手中にある者、支配下にある者の他人から見れば何でもない行為に対する異常な不快(生意気感)に対処するための報復だ。報復とは、相手に苦悩を与えることにより不快を中和する方法なのであり、それ以外の理由は後から考えられ、とってつけられたもので本当の理由ではないのである。再三言っているように、我々は相手を苦悩させることは、第一級の不快中和の手段なのである。もしこれが彼の経営する店でなければ、彼はこれほどの怒りを感じなかったであろう。自分の支配下にある者の不手際はこんなに人を怒らせるのである。自分の支配する者、見下した者がやらかす自分の思ったとおりになっていない行為は、我々にとって耐え難い不快となるのである。そして、彼はその相手にどのような報復もできる立場にあった。こうなると彼は迷いなくその者をいじめ、その不快を手っ取り早く中和しようとするのである。

病院、老人のための施設などでは、普通の会社、店などとは違うところがある。普通の会社、店などでは客から利益を取り出せる可能性があるうちは客に気を使う。しかし病院とか老人のための施設などではそうではない。入院したばかりの頃には、職員は気を使ってくれる。その後の経過が順調であればそれがそのまま続くこともある。しかし職員の本心は、患者やその家族を見下しているのである。彼らにとって患者たちは客ではなく厄介で無価値な者なのである。彼らは役人的な眼で――つまり何をやっても安定した給料がもらえることによる緊張感のない眼――患者たちを監視している。入院が長くなり飽きられてきたり――入院したての頃は新鮮で、何も知り尽くされていないので丁重に扱われる――、トラブルがあって印象が悪くなったりしたとき、職員の本心は現われてくる。職員は自動車販売店の職員が客に感じるようなものを、患者たちに感じることはない。患者は入院させてやっているのであって、入院してもらっているわけではないという意識が常にあり、「いやなら出ていけ」という台詞がすぐに出てくる。ここに確固とした強弱関係があることを職員も患者とその家族も正確に感じている。職員は自分たちが強い立場であることを、患者とその家族は自分たちより弱い立場であることを自覚している。だから何かうまくいかなくなり、患者やその家族が職員に注文をつけると、とたんに職員の態度は変わり、攻撃態勢に入っていく。つまり弱い立場の者が偉そうなことを言ってやがる、という生意気さを感じるのである。老人や弱い立場の者のめんどうをみる施設にも共通のものがある。こういうところの職員にとって、入所者は価値低い者に見えるのである。だから初めの頃はその気分を隠して丁寧な態度をしているが、それは次第にできなくなり、いつか本心が出てくるのである。これは、弱い者、困った者、病院や施設側が攻撃してもいっこうにかまわない者が、何か良からぬこと(職員にとって)を企てているということに対する不快感、つまり「生意気」という感情に対処するための行為なのであり、「いじめ」と呼ばれる行動につながっていくのである。職員自身の上位感は、客を求める商人の気分には絶対なれず、緊張感のない退屈な気分、不快な気分へと職員を運んでいく。

会社などの中でのいじめもすごいものがある。あるTV番組で見たものであるが、社長に嫌われた社員が客と会議している最中に、社長に照明を消されてしまったとかいう信じられない話や、部長に嫌われた課長が徹底的にいじめぬかれ、ついには円形脱毛症になってしまったという話も出てきた。このような表には出てこない残酷ないじめが、毎日どこかで秘かに行なわれているのである。それらの例から、我々人間の誰もがしっかり見なくてはならない人間の不気味な正体が見えてくるのである。

次の例は、青山恵「中高年サラリーマンを襲ううつ病の恐怖」(PHP本当の時代、二〇〇〇年二月特別増刊号)より引用してみる。

 

*「明日の朝までの急な仕事ができた。悪いが、今日は皆で残業してくれないか」

松田武司次長(仮名、44歳)は、部下一〇人に向かって声をかけた。都市銀行の午後のオフィスである。二〇代、三〇代の部下は顔を上げ、一瞬、妙な目配せをし合った。「すみませんが、僕はちょっと用があるので今日はのこれません」

一人の部下がいうと、次々に「僕も」「私も」と同じような声が上がった。何もいわずに下を向いて拒否の態度をとる者もいる。若い行員たちの顔には、どこか同じような薄ら笑いが張りついている。松田次長はかっとしたが、次の瞬間、力を抜いた。こんな状態がすでに一ヶ月も続いている。叱責すればさらに態度は硬化するのだ。

きっかけは一ヶ月前、部下二人を皆の前で叱責したことだった。決算前の忙しい時期に部下二人が三日間の有給休暇を取ってスキーに出かけ、真黒に雪焼けして出社してきた。前々から届けがでていたとはいうものの、思わず皆の前で「この忙しい時期にスキーとはなんだ!」と叱責してしまったのだ。

松田次長は、入行二二年目。戦後の高度経済成長期を生き抜いてきたモーレツ世代の上司に仕事をたたき込まれてきた。

「僕らの頃は、上司に皆の前で怒鳴られることなど日常茶判事。怒鳴られても、いま、自分は鍛えてもらっているのだとおもったものです。・・・」

こういう松田次長の感覚からすれば、このときの叱責はごく当たり前のことだった。ところがこの叱責には、当の二人だけでなく、周りの部下たちもカチンときたらしい。以来、残業を命じられても彼らは何かと理由をつけて断りはじめた。廊下ですれ違っても黙礼さえせず、無視する。飲みに行こうと誘っても誰もついてこない。しめし合わせてそっぽを向き始めたのだ。

自分の管理能力を問われているようで上司にいうこともできず、松田次長は孤独な毎日を送った。松田次長と部下たちの間がうまくいっていないことは、まもなく部長の耳にも入った。松田次長が統括する部門の仕事はいつも遅れがちだ。部長からの評価も下がり、松田次長はさらに孤立した。彼は不眠、憂鬱からついに出社拒否症となった。心配した家族に付き添われ、松田次長が精神科の門をたたいたのは、昨年五月のことである。松田次長の治療にあたった初代関谷神経科クリニックの関谷透院長は、しばらく休暇を取って心身を休ませるよう指導した。ストレスによる「軽症うつ病」である。

 

ここで、この例を本章の考え方で解釈してみることにする。『きっかけは一ヶ月前、部下二人を皆の前で叱責したことだった。決算期の忙しい・・・と叱責してしまった』とあるが、こんなことはどこでもやっていることだ。有能で出世するタイプの者でこのようにしていない者はないといえる。というのは、我々は実は恐怖でしか動かないものなのである。組織の中でうまくやっている者は、相手に恐怖を感じさせることに長けているもので、相手を威嚇し、恐怖を与え、けして自分に背かないように縮み上がらせることができる能力、風采をもつ者なのである。度々言うが、学校でも好かれる先生は怖い先生なのだ。相手に恐怖を感じさせない先生は嫌われる。恐怖は、勉強という退屈で不快な作業を楽しくできるようにしてくれる麻薬、あるいは香辛料であるのだ。我々は、我々に常にまとわりつく不快を中和するために恐怖を、緊張感を、音的や視覚的ノイズを、そして苦悩でさえも求めているのだ。だから、誰でも冒険が好きであるし、マゾヒズムもけして異常なことではないのである。それは我々にとって不快を中和する麻薬であるのだ。つまらない授業も恐ろしい先生の与えてくれる麻薬あるいは香辛料と一緒に飲み込めばおいしく食べられるのである。だから部下を叱責することは、部下たちに嫌われる原因ではない。部下たちは、自分たちに恐ろしさを与えてくれ、冒険をさせてくれ、自分たちを振り回してくれるような強く、怖く、不気味で未知でたくましく生命力あふれる《怪物》を求めているのである。

『若い行員たちの顔には、どこか同じような薄ら笑いが張り付いている』とある。つまり、初めから松田次長はバカにされていたのであって、その行動などはまったく関係がない。他の者が同じ行動をしたら、結果はまったく違っていたであろう。部下にとって彼は価値の低い者であったのだ。簡単に言えば彼は次長の器ではなかったのであり、誰もが上司として認めていなかったのだ。

関谷クリニックの話として、『昔は上司が部下をいびるといういじめがほとんどだったが、最近見られるのは、若い部下が集団で上司をいじめるという例。会社に対する考え方が滅私奉公的な中高年と、ミーイズムに徹する若者との価値観の差が原因です。この差に気づかない、頑固で融通のきかない上司は、いじめの対象になりやすいのです』とあるが、これもおかしい。世の中で出世している者は、どんな時代でも頑固で融通がきかないし、人の話を聞かないし、わがままであるのではないのか。そんなことを好き勝手にやっていながら彼らは人から嫌われず、バカにされず、好かれ、尊敬され、「生意気」などとは言われないのである。誰もが彼の行動を気持ちよく感じるのである。彼の存在自体が魅力的に見えるのである。問題なのはその行動ではなく、その者の固有なものなのである。自分が好きになった者の行為は何でも同意できる。自分が認めている者が言うからこそ、それに同意できるのであって、そのこと自体に同意しているわけではないことが多い。尊敬する者に怒られても、恐ろしいと思うだけであり、不快は感じない。しかし、バカにしている者の言うことは「生意気」と感じ、どんなことでも聞く気がしないし、指示されれば不快になる。

松田次長は、次長という役職に合わなかった人なのであり、このポストではどのような行動をしてもだめになるのである。彼は部下としては有能であったが、その上になる才能はもち合わせていなかったのである。*ピーターの法則、『階級組織では、人は自分の責務をまっとうできない無能レベルまで昇進する』(前出のブロック「マーフィーの法則」より)の通り、彼にとって次長ポストは「無能レベル」だったのである。この次長という立場での「無能」とは、いままでのように与えられた仕事をこなせないとか、良いアイデアを生み出すことができないとかいうものではなく、部下たちに自分の価値を感じさせ、恐れられるようにする、つまり自分の命令に無条件に従わざるを得ないような気分にさせる能力がないことなのである。部下二人を皆の前で叱責したことは、誰から見ても「生意気な行為」であったというわけで、部下たちの感じた彼の価値を超えている分不相応な行動であったというわけだ。この行動は誰にも「僭越な行動」に見え、前記のニーチェの引用文にあるように、部下たちはこのとき、松田次長に与えていたわずかな価値からこの分を差し引いたので、彼の価値はついに尽きてしまったというわけだ。この結果、部下たちはこの「もぬけの殻」となった者にまったく気を使う必要がなくなり、生意気な彼の行為に不快を感じ、その報復としてあからさまないじめが始まったというわけである。この事件がなくても、いずれこのような行動をしなくてはならないときがくるポストであるから、こうなるのは時間の問題であったということだ。

もう一つの悲惨ないじめの例を同記事から引用する。

 

*背もたれのない丸椅子に座り、オフィスの一番出入口に近い場所で、星俊一さん(仮名、四〇歳)は一日中、フランス語の辞書と分厚いフランス語の本を前に過ごしていた。もう一ヶ月も毎日同じことをしている。

ドアを開けて男性が数人、談笑しながら入ってきた。昔、星さんが担当していた得意先の人間だ。いま、この得意先を担当しているのは星さんより若い男性社員である。

最初のうちは得意先たちも、一番出入口に近い星さんのそばを通るときは言葉をかけていたが、さすがに気まずくなり最近では目をそらして通り過ぎる。

星さんは、中高一貫教育の私立校からストレートで東大に入学。卒業後、大手電機メーカーに入社した。バリバリ仕事をこなす一方、二八歳のときに社内の留学制度を利用してアメリカのビジネススクールに留学。経営学修士号(MBA)を取得して帰国。将来を嘱望されたエリート社員だった。帰国後、星さんはビジネススクールで学んだことや、そこで培った人脈を仕事に役立てようと張り切った。そして五年間メーカーで働いた後に、ヘッドハンティング外資系証券会社に転職した。高給を保証され、会社からは期待された。星さんは次々に新しい企画を立て、顧客を開拓していった。ところが、バブルがはじけ、金融不況に直面し、会社はリストラや部署の統廃合、新規事業の先送りを余儀なくされた。星さんの上司も異動した。新しい上司は、MBAを持ち、ヘッドハンティングされた星さんに初めから批判的だった。高給取りの星さんは、新規事業を立ち上げる余裕のなくなった会社のリストラの対象となったのだ。

星さんは、まもなく、留学の経験が生かせる職場とはいいがたい仕事につけられた。“誰にもできる仕事”である。事務職の女性にコピーを頼もうと思えば、「自分でしろ」と注意される。上司の印が必要な書類を渡しても一番後回しにされる。留守の間にかかった電話のメモをわたしてもらえなかったこともある。部内の会議も星さん抜きで行なわれた。なんとか認めてほしいと思い、不況を乗り切るための企画を考えて提出すれば、見もせずにごみ箱に捨てられた。はじめは上司のいじめに顔をしかめていた同僚も、星さんがリストラの標的にされていると知ると、見て見ぬふりをするようになった。上司の機嫌を損ねれば、今度は自分に矛先が向くからだ。

ある日、上司に呼び出され、星さんは分厚い英文の本を手渡された。アメリカの学者が書いた金融論である。

「君は英語ができるから訳せるだろう。これを一冊、翻訳してほしいんだ」星さんは一番出入口に近い机に、丸い背もたれのない椅子を与えられた。訳しても何の意味のない本を我慢して訳し終えると、今度はフランス語の本を手渡された。

「僕はフランス語はできません」というと、「頭がいいんだから訳せるだろう」と取りつく島もない。星さんは食欲不振になり、頭痛や吐き気に悩まされ、会社を休むようになった。順調にエリートコースを歩んできた星さんにとって、生れて初めての挫折だった。

 

以上の例を本章の考え方により解釈してみよう。星さんの転職した会社の二番目の上司にとって、彼は言わば継子なのである。継子は自分の子よりかわいくないだけではなく、憎たらしいほどである。継子が手間をかけたり、かってなことをやったり、優秀であったりしたときには、大きな不快を感じる。母親にとって、自分が生んで初めから育てた子に比べて、途中から渡された継子の価値は低いのだ。それは、その子は自分が産んだものであり、自分がその子の起源であるという優越感を感じられないからである。つまり、自分が産んだ子は、全てが自分に関係している、その子の功績も全て自分につながっているということで、母親はその子というより、これらの構造に価値を感じるのである。この構造が、我々に自分の子がかわいいという感情を作り出しているのである。自分の子をかわいがるのも、自分の部下をかわいがるのも、全てこの構造によっているのである。つまり相手の周囲との関係、あるいは自分との関係、つまり「相手の背景」は、「その人自身」よりも我々にとって重要であり、我々はなによりもこれを強く意識し、行動の大部分はこれにより支配されてしまっているのである。

このことをニーチェは、『母親は子供の中の自分を愛している』と言っている。自分が愛するもの全ての中には必ず自分がいる、ということだ。継子でも自分の子と同じように育ててくれる者もいる。しかし、たいていの場合、グリムメルヘンの物語のように、継子はぞんざいに扱われるだけでなく、親の日頃の不快のはけ口(虐待)にもされてしまう。価値が低く感じられた者は、やることなすこと不快に感じられてしまう。劣っていても憎たらしいし、優れていても許せない(生意気)のである。水は低いほうへ流れる、全ての不快は最も価値の低い者のせいにされる、その者が悪いのだとしたくなってしまうのである。

星さんの二番目の上司は一番目の上司と違い、彼を自分の部署に招きいれたのではなく、育てたわけでもない。ただ誰かがヘッドハンティングしてきた東大卒――この響きがなんとも憎たらしく感じられる――で、優秀で、高給を保証された憎たらしいやつなのである。

この記事の著者の青山氏は、次のように言っている。

 

*働き盛りのエリートが企業の中で自分の能力を発揮できずに錆びついてしまう「錆びつき症候群」。不況になってから、こうした例が増えてきた。いじめに合う人の多くに共通するのは、専門分野を持ち、将来性があり、仕事がよくできる人。そして目前の仕事を自分一人でやろうとする人だ。一人でしようとせず、周囲の人に仕事を上手に分担、委託するのも一つの予防策である。

 

しかし、あらゆる組織において、成功する者の行動は星さんの行動と変わらないし、それどころかもっと強引なのではないかと思う。つまり成功者と挫折者の違いの原因が、青山氏の指摘するようなところにあるのではなく、つまり両者の行動にあるのではなく、両者自身の固有なものにあるのである。

この固有なものとは、その者が歩んできた道にも関係している。前記の例で、継子がいじめられるのも、昔、日本で朝鮮人が差別されたのも、人間自体の性質や行動によるものではない。彼らが我々の前に現れるまでの過程が問題にされているのである。途中からこの優秀な星さんを受け入れた二番目の上司は、以前から彼のうわさを聞いてにがにがしく思っていたのであったのだろう。しかし、彼を初めに受け入れた上司は、彼を自分の完全な支配下に置いているし、彼の功績は全て自分が原因であり、自分がコントロールしたものだという優越感があるので、彼と彼の行動に不快を感じないのである。前記のニーチェの言い方を借りれば、一番目の上司は、星さんの中の自分を愛していたのである。しかし、星さんの中に二番目の上司はいなかったのだ。この二番目の上司にとっては、星さんの中に自分が愛すべきもの(自分に関係しているもの、自分の痕跡)がなかったので、星さんは価値低い者であったのである。だからこそ、その価値低い者の行動には生意気なものを感じ、この不快感に対処するために報復、つまり「いじめ」という行為をしなければならなかったのである。星さんに対するこの二番目の上司のいじわるな行為は、このように考えれば、実にわかりやすく、彼を非難することはできなくなるのである。つまり、彼の行動はニーチェの有名な著書の題名のごとく「あまりに人間的」なのである。

どんな者でも本能的、無意識的に何かをたくらんでいる。しかし、それらは偽装されてしまっていてなかなか見抜けないのである。誰もが自分のことばかり考えており、全ての行動は利己的なものから出てきている――あのマザー=テレサカルカッタテレサ)においても例外ではないのであり、彼女は、自分の人並みはずれた大きな欲求や不快に対処するがために、あのような大規模な《聖なる行為》をせざるを得なかったのである。ある「利己的な行為」は、ある者を通すと非利己的な行動、誠実で魅力的な行為に見え、別な者を通すとそのまま利己的で、いやらしく、また生意気に見えてしまう。高度に偽装された利己的な行為は、非利己的で崇高な行為に見えてしまうのである。これはまったく麻薬の世界であり、まじめな世界ではない。人を酔わせるということが成功への唯一の方法なのであり、それ以外の「まじめな方法」はけしてないということが、あらゆる実例で証明されているのである。本番で我々はけして理性的ではいられないのである。成功の秘訣は、いかに人を不道徳な方法で誘惑する(つまり騙すということ)かにかかっているのである。いかに人を酔わせることができるかということであり、麻薬の力をもっている者だけが世の中でうまく生きていくことができるのである。このまったく不道徳的な意見は、歴史の中で十分に実証されているではないか。

星さんは、二番目の上司を彼の身体的魅力においても、素性においても酔わせることができなかったのである。我々は、酒、タバコなどをやめたとしても、けして麻薬的なものからは逃れられない。我々はいつもある不快と戦わなければならない。常に麻薬は誰にでも必要なのであり、我々は最終的に麻薬で止めをさす。麻薬の役目を果たすものは、魅力的な者との付き合い、生意気な者をいじめること、ポルノ雑誌を見てマスタベーションする、不道徳的なことではあるが火事などの他人の不幸を見物すること、ある宗教に入信することなどである。そして悲しいことではあるが、自分の家族、とくに幼児を虐待することでもある。

以上のような、まことに不道徳的な意見ではあるが、世の中の出来事を良く見ている才能ある者ならば、必ずや納得のいくことだと思う。世の中で起こっている異常であり、間違っていると決めつけられている事件は、人間の本性をよく知った者から見れば正常なこと、「あまりに人間的な行為」だったのである。

 

 

参考文献

 

清水真木ニーチェ」(講談社

二―チェ「道徳の系譜」(秋山英夫訳、白水社

ショーペンハウアー「意志と表象としての世界」(西尾幹二訳、中央公論社

ニーチェ道徳の系譜」(信太正三訳、筑摩書房

ロバート・K・レスラー「WHOEVER FIGHT MONSTER」、日本語訳では「FBI心理分析官」(相原真理子訳、早川書房

ニーチェ「人間的な、あまりに人間的な」(浅井真男訳、白水社

DVD「ノートルダムの背むし男」(水野晴朗監修、キープ株式会社)

アーサー・ブロック「マーフィーの法則」(倉骨彰訳、アスキー出版)

バタイユ「エロティシズム」(酒井健訳、筑摩書房

読売新聞(二〇〇六年二月九日)

朝日新聞(二〇〇六年六月二二日)

野村ひろし「グリム童話」(筑摩書房

読売新聞(二〇〇八年一一月二九日)

カール=ハインツ・マレ「首をはねろ!」(小川真一訳、みすず書房

バーナード・ルイスイスラム世界はなぜ没落したか?」(臼杵監訳、日本評論社

モネスティエ「死刑全書」(吉田春美・大塚宏子訳、原書房

レーダー「死刑物語」(西村克彦・保倉和彦訳、原書房

広辞苑岩波書店

カーネギー「人を動かす」(山口博訳、創元社

朝日新聞(二〇〇五年五月一三日)

ニーチェ善悪の彼岸」(信太正三訳、筑摩書房

カール=ハインツ・マレ「子供の発見」(小川真一訳、みすず書房

ニーチェ全集(白水社

読売新聞(二〇〇七年四月一九日)

なだいなだ「いじめを考える」(岩波ジュニア新書二七一)

齊藤勇「人はなぜ、足を引っ張り合うのか」(プレジデント社)

レイモンド・シェインドリン「物語 ユダヤ人の歴史」(高木圭訳、中央公論新社

宮本久雄・大貫隆編「一神教文明からの問いかけ」(講談社

ショーペンハウアー「随感録(パレルガ ウント パラリポーメナからの抜粋)」(秋山英夫訳、白水社

青山恵「中高年サラリーマンを襲ううつ病の恐怖」(PHP本当の時代、二〇〇〇年二月特別増刊号)